芸術監督の部屋:公立文化施設物語

1-17 プログラム提供機関(インスティテュート)としての公立文化施設

公会堂建築の登場から辿り、多目的ホールの機能改善と施設充実、専用ホール化への動き、創造型施設の登場、公共圏への注目と市民参加型施設、そして、文化芸術政策の新たな展開を受けた社会包摂活動への展開、若いアーチスト支援をまちづくりの観点から積極的に行うアートセンターの活動など、多様な方向へ向かう公立文化施設の展開を眺めてきた。それらの展開は、地方自治法に規定された単純な「公の施設」の縛りをどのように、読み替えて転換してゆくかという努力の行程でもあった。

筆者が公立文化施設の研究にかかわったのが70年代であるが、考察の経緯について改めて、振り返ると、大きな変化をした部分と、変わらない部分がある。1983年にまとめた博士論文では、公立文化施設が舞台芸術施設と催事施設との二つの方向性の間で悩んでいる状況を示した。そして、施設の在り方に一律の方向性を求めるのではなく、多様な可能性があることを指摘した。特に、舞台芸術施設としての在り方に対しては、海外の公立劇場のようなクローズドシステムではなく、地域の舞台芸術集団や技術組織などとの連携をするオープンシステムとしての可能性を示唆した。その施設の在り方としては、芸術家や舞台芸術団体と観客を、その中間で支える制作機能の充実に期待している。

1999年に出版した、「21世紀の地域劇場」では、公共圏と公立文化施設の関係を考察し、公共性を基盤に置いた劇場としてのパブリックシアターの在り方を考察し、その二つの異なる方向性としてプロフェッショナル・リージョナル・シアターと(公益型)コミュニティシアターを示した。プロフェッショナル・リージョナルシアターは「優れたプロの創造活動を通して創造者が責任を持ち地域の文化向上と地域の住民への芸術事業サービスを行う」1もので、コミュニティシアターは「享受者の地域住民が主体となって、あるいは、彼らの利用を中心に意識しながら事業展開する形態」のものであると明記した。また、貸館運営であっても、疎外されている利用者相互のコミュニケーションと共益型文化芸術組織と劇場との連携による地域における文化芸術活動の共益性の強化を図ることが必要であると指摘した。また、公共圏を主観性の強い芸術分野の事業とつなぐために、あえて、芸術監督という個に作品の選択や地域とのかかわり方を説明させる必要があることを指摘した。「(芸術監督には)間接化された行政の言葉ではなく、個人の言葉として、つまり、あくまでも私的領域に依拠する創造行為を公共圏に持ち込むときの説明者的存在(具現的公共性)としての役割が期待される。公的な決定が、個人という形に転化されることによって、はじめて公開性、透明性が確保されるという逆転の発想である。」2

ここで博士論文作成時点の反省がある。それは、プロの舞台芸術の創造のためのプロフェッショナル・リージョナル・シアターの意味づけをしながら、なぜプロの舞台芸術を支援しなければならないかを説明できなかったことである。芸術の価値をアプリオリ(自明)のものと考えて、その意味付けを怠ったと反省している。「21世紀の地域劇場」において、ようやく公共圏と舞台芸術の関係に着目するに至った。そして、さらに、衛紀生らが、積極的に唱える社会包摂の考え方に接することで、舞台芸術の本質としての多様な個性の尊重に基づくコミュケーション力をとおして、社会的弱者の排除阻止に大きな力を持つという社会的効用があるからこそ、公共の手で地域の芸術文化活動を支えるべきという論点を整理することができた。つまり、これからの公立文化施設は、文化芸術の側面から民主主義を支える基盤施設として、公共圏の涵養と社会包摂機能の充実を大きな目標として、様々な事業を展開するプログラム提供型施設としての形を整えてゆく必要があるのではないか。

また、市民参加による公立文化施設の計画からの経験、小劇場運動からのヒント、そして、現代のNPO運営による公設民営のアートセンターの地道だがユニークな活動を通して、明日の公立文化施設の在り方の光を見出した。それは、極めて当たり前なことであるが、ファシリティ(施設)ではなく、プログラム提供機関(インスティテュート)だということである。インスティテュートについては、藤野一夫が「公共文化施設の公共性」3にて先行して指摘している。また、衛紀生も可児市文化創造センターの「館長の部屋」の連載の中で、「ファシリティ(施設・設備・箱物)としての公共文化施設から、インスティテュート(機関・機能・事業主体)としての公共文化施設への転換がなされなければならない。」4と指摘している。その通りである。プログラム提供機関であることを理解するのであれば、単純な貸館運営では、公立文化施設は成り立たないことが明らかになる。なぜなら、貸館運営という基本形態をとったとしても、地域の文化芸術環境に社会的側面からどんな支援をしなければならないか、つまりプログラムを考えないわけにはゆかないからである。施設ではなく、その活動にこそ、本質的な意味があるのである。しかし、この大切なことが、地方自治体の文化戦略の中では、いまだに十分には理解されていない。

そこで、ファシリティからインスティテュートへの転換を図るためには、あえて、貸館という呪縛から逃れてみることも重要であると考える。つまり、貸館を行わず、すべてのプログラムを主体的に展開することに腹をくくるのである。これは今の公立文化施設の成り立ちから考えると大変難しい転換であることは重々理解している。しかし、第2部において、貸館中心の公立文化施設の呪縛について詳細に述べることにするが、プログラムを考える必要のない貸館運営と主体的なプログラムを中心に運営されるインスティテュートは本来矛盾を多く抱えるものであることを理解しなければならない。

それでは、地域の文化芸術団体が使えないではないかという声が上がると思われる。しかし、公立文化施設の観客席に座るのは、分け隔てのない、できるだけ多くの市民であることを考えるべきである。芸術文化団体の活動であっても質にははっきりした水準の違いがある。芸術活動とは本来そのようなものである。すべての活動を貸館として平等に受け入れるというよりは、市民が参加して満足を得ることができる企画をインスティテュートと文化芸術団体がお互いの知恵、創造力を絞り、提供できる最高の作品として協働して創り上げ、その結果を市民に提供するという回路を創り上げることが大切ではないだろうか。その部分の努力をこれまでの公立文化施設は怠ってきたのである。地域の文化芸術活動を排除するのではなく、彼らとどのように協働していかに水準の高いものを作り、市民に提供できるのか、そのプロセスをどのように作るのか、インスティテュートはそこに腐心すべきである。そして、地域の文化芸術団体も私益の優先ではなく、地域に開かれた公益的な活動をどのように支えることができるかという観点から、地域の人々に受け入れられる企画を提案し、公立文化施設との協働を考えてゆくべきなのではないだろうか。無条件に貸館を受け入れるのではなく、文化芸術団体側からの積極的な活動提案を受けて、すべての事業を共催型として、インスティテュートと文化芸術団体の共同作業を前提とするのである。そうすることができれば、インスティテュートと文化芸術団体のウィン・ウィンの関係を創り上げることができ、今以上に活性化された創造的な活動が可能になると思われる。こんな大胆な構想を引き受けてくれる自治体、そして、それに理解を示してくれる地域の文化芸術団体はいないものだろうか。

アートセンターのような活動を考えると、必ずしも大きなホールを公立文化施設が持つ必要性もなくなる。むしろ、小規模な地方自治体では、大きなホールは、事業規模を大きくさせて小回りをきかなくするので、むしろ必要ないといえるかもしれない。ホール中心の施設計画からプログラム提供機関の計画へ移行する必要があるといえる。それは、施設設計先行型ではなく、事業計画先行型のプロジェクトへの転換であるともいえる。突き詰めると、それはコミュニティのアートセンターへの機能純化でもある。小規模だが、練習・稽古・ワークショップ等の多様な活動に使うことができる空間を充実させて、そこでの積極的なプログラム提供行うことを考えれば、ホールは必ずしもなくてもよい。むしろ、少し大きめのワークショップ空間を公演にも利用できるように少しバージョンアップしておけばいいのである。あるいは、地域にある既存の施設、空間を活用すると、新しい施設すら必要ではなくなる。むしろ、それらの施設を結び、いろいろな活動を提供する人の組織があればいいのである。それこそ、本当のプログラム提供機関かもしれない。そして、それらはすでに、各地のアートセンターを指定管理者として運営しているアートNPOが、先例を提供しているのである。ただ、一つ、注意したいのは、他者の施設を利用するときに、それぞれの貸館規定がネックになることがあるということである。なかなか、毎週ある時間帯にある空間を優先利用したり、あらかじめ年間の何%を優先利用したりすることは、特別な関係づくりをしないと難しいだろう。それは行政の出番である。芸術文化を通して地域に幅広の社会包摂活動を展開するために、行政のリーダーシップを発揮し、複数の連携公的施設に対しての優先利用、定期利用ができるように条例などを整備することを考えてもいいのではないか。多くの予算を使うよりは、この方がよほど効果的かもしれない。各地には芸術文化活動を社会普及活動として行うNPO等が形成されている。それらの多様なネットワークを形成することも一つの方策である。

さて、極端な例として、施設を持たないインスティテュートの活動を示唆した。しかし、公立文化施設を長年にわたって計画してきた筆者としては、空間、つまりファシリティの存在の大切さも指摘しておきたい。舞台芸術関係者や、舞台芸術の支援をささえるアート支援機構のプログラム・オフィサー(企画担当者)などからは、もうこれからは型にはまった建築施設としての劇場は必要ない、むしろ、都市や農村のあらゆる空間を適切に見立ててパフォーマンスの場として利用することの方が、自由度が高く、創造性が豊かになるという意見をよく聞く。たしかに建築空間というのは不自由な空間である。筆者は、建築空間とは、3次元的にあらかじめ必要最小限の制約をあたえることで、ある目的を最も合理的に遂行することができる場(空間)をしつらえることであると考える。しかし、多様な市民が毎日日替わりで多様な使い方をすることができるようにするために、過剰なほどに設備や機材を纏ってしまったのが、今の公立文化施設の多目的志向の貸館施設であるのではないか。劇団四季などが使うプロの劇場と公立文化施設の多目的ホールと比較すると、設備の簡素さ、機能の純化という意味ではプロの劇場の方が、はるかに安上がりで、シンプルにできている。事故などのリスクはプロが責任をもって負うからである。公立文化施設が多様な設備を導入し、コスト高に作られるのは、プロの劇場に対して、素人の市民が使うために何重にも安全装置をかけ、かつ、多様な利用にこたえるために、矛盾を抱え込むことにあえて目をつぶり、スクリーン、音響反射板、道具バトン、一文字袖幕、常識的な照明機材が常設的に吊り込まれた照明バトンなどを同時に配置することを暗に期待されるからである。筆者は、水戸芸術館の設計を、舞台照明家佐藤壽晃と一緒に舞台技術の面から支援したことがあるが、その時の鈴木忠志の対応を今でも忘れることができない。私たちは多様な市民利用をあらかじめ配慮しようとして、様々な舞台設備を同時に導入しようと提案したが、鈴木忠志は、あれもいらない、これもいらないとどんどん不要な設備を切り捨てた。その結果、非常にすっきりした特色ある劇場として成立したのである。私は、これをマイナスの設計と呼んだ。本来、空間を必要最小限の制約にとどめるためには、このようなマイナスの設計が必要なのだと改めて思う。

しかし、マイナスの設計を行うためには、その施設の目的や使い方のビジョンがはっきりしていることが大切である。ビジョンをはっきりとさせるということは、運営主体が明確であり、10年後、20年後の活動の達成目標が明確になっていることが大切である。たしかに建築としての文化施設は、ある目的を達成するために、見方によっては不自由な空間を生み出す。しかし、だからと言って、建築としての公立文化施設を否定するのではなく、新しい活動のビジョンを公立文化施設に与えることで、そこに新しい創造の自由度を創り出すことができることを忘れてほしくない。その意味で、インスティテュートとしての公立文化施設があたらしい空間の形を積極的に提案してゆくことが大切であると考えるのである。その時、マイナスの設計志向の中で、新しい活動を意識した新しい空間のビジョンを創り出すことに公立文化施設の企画者(行政や基本構想の策定委員会など)とその意向を受けて空間を設計する設計者の力量が見えるはずである。

  1. 清水裕之、21世紀の地域劇場、鹿島出版会、p.223
  2. 同上、p.211
  3. 藤野一夫、公共文化施設の公共性、水曜社、2011年
  4. 衛紀生、最終章 公共文化施設の未来をデザインする。(2)、2009年 https://www.kpac.or.jp/kantyou/ronbun_33.html、 accessed 2020.8.10
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