芸術監督の部屋:公立文化施設物語

1-14 パブリックスペースの変革

公立文化施設の計画は、1970年代における多目的ホールの改善、80年代の専用劇場化と創造する劇場への挑戦、90年代の市民参加型計画プロセスの展開と、時代の要請にこたえて変化を続けてきた。それと並行して、建築デザインの観点からも計画に大きな変化が表れている。それはパブリックスペースの「開かれ」と、そこに生まれる様々な活動の誘引である。公立文化施設におけるパブリックスペースとは、人々が自由に憩い集まる屋外空間や、ロビー、廊下など人々が自由に訪れることができる室内空間の部分を指す。従来の公共建築では、どの様なビルディングタイプにおいても、その施設に要請される機能を受け持つ「室」とそれらをつなぐロビーや廊下とは明確に分離され、廊下などには付加的な機能は求められていなかった。むしろ、速やかなアクセスや避難などができるように合理的に設計されていた。これは、公立文化施設についても同様であった。廊下や階段には立ち止まって会話したり、たたずんだりする機能は考慮されず、部屋をつなぐだけのスペースが用意されていた。ホワイエやロビーも、必要最小限の広さを要請されていたと言っていいだろう。

これが変化を始めたのは、専用劇場などの動きが始まる80年代ぐらいからである。舞台芸術の側からは、ロビーやホワイエは観劇における重要な社交場であるという考え方が主張され、それまでの公立文化施設の狭いロビーやホワイエに批判が提出されていた。当時はバブル期に重なることもあり、ロビーやホワイエの充実が進んだ。

さらに、創造する劇場への動きは、パブリックスペースの機能の捉え方に変化をもたらした。典型的なものが、彩の国さいたま芸術劇場である。彩の国さいたま芸術劇場は1-11で述べたように、練習諸施設を人目のつかない場所から、明るい天窓を持つガレリアという建築的装置を使うことで、施設全体の中の中心的空間に転換させた。日常活動としての、稽古、練習を公立文化施設のアクティビティの中心機能として視覚化させたのである。ホールが利用されるのは、基本的に夜が中心であったため、昼間の公立文化施設利用は集会室や練習室の利用が中心になる。しかし、これらの施設は、地下、上階、あるいは別棟に設置されていることが多く、空間的に大きな部分を占めるホールやホワイエは、昼間は閑散としており、外から眺めると寂しい風景を創り出していた。練習施設などを主要空間としてとらえ、人目に付く場所に配置することで、施設全体の活力が施設内のパブリックスペースのみならず、外部へと染み出してゆく効果が生まれたのである。

市民参加型の計画は、この傾向をさらに展開させた。単に「室」を利用する客のみならず、施設をふらっと訪れる人々に対してもなんらかのアクティビティを提供することができないかが議論された。長久手市文化の家の計画においては、積極的にそうした機能の充実が議論された。その結果、練習室等がまとめられたアートリビングという造語が作られ、その中心部には、施設案内ブースに隣接する形で、文化芸術関連の雑誌を潤沢に配置した情報ロビーが開かれた形で置かれ、また、広めに設定されたパブリックスペースにはふらっと来ても利用できるような机やいすが多く配置された。また、二つのメインホールの専用ロビーは狭めに設計されたが、それらをつなぐガレリア(彩の国さいたま芸術劇場と同様の呼び名)が明るく設置され、公演の幕間には、その空間もホワイエとして利用されたり、また、椅子テーブルも常時設置されており、高校生らの憩いの場所としても使われたりしている。

このようなパブリックスペースの開かれを徹底的に追求したのが、北上市文化交流センターさくらホール1と可児市文化創造センターである。北上市文化交流センターさくらホールは久米設計が設計し、建築学会賞を受けた建物である。大中の二つのホールに挟まれた空間はガラスの寄って覆われた大天井の下に、大きな共通ロビーが展開され、そこには中身が見られるようにガラス張りになった練習諸室、会議室(アートファクトリー)が分散的に配置されている。そして、練習室等で展開されるアクティビティが視覚的にも共通ロビーに染み出してくる楽しい雰囲気を作り出している。ガラス張りといえど、防音対策はもちろん施されているので、音が干渉することはない。アートファクトリーで活動する利用者は、他者から見られるのが嫌なので、ブラインドを下ろすかと思うと、意外に、見られることを楽しんでおり、閉鎖的には使っていないと管理者からお聞きしたことがある。

可児市文化創造センターも開かれた練習施設や情報コーナーの展開がユニークである。市民参加型設計のプロセスにおいて、空間の開かれが大きなテーマとして検討された。そして、できるだけ多くの場所に分散的に椅子やテーブルを設置し、人々が自由に活動できるスペースを提供した。また、多くの諸室はできるだけガラス張りにして内部の活動が視覚的に外に染み出すような配慮をしている。事務室の前面には情報コーナーが配置され、文化芸術関連雑誌等やインターネットが自由に閲覧できるように配慮されている。主劇場や小劇場のホワイエと共通ロビーとの間は閉鎖的にはしないで、劇場の利用がない時には自由に行き来できるように配慮されている。また、特質されるべきは、芝生が敷き詰められた外部空間である。通常、公立文化施設は車利用のお客さんが多いので、すぐ直前まで広い駐車場が広がっている。しかし、可児市文化創造センターの場合は、駐車場のために別敷地を用意し、L字型の施設に囲まれた広い前庭は芝生を張ったすり鉢状に設計され、一番低い場所には屋外舞台を持つ水面が配置されている。この空間はとても広々として安心して子供を遊ばせることができるために、親子や幼稚園、保育園の子供たちの立ち寄り場所として愛されるようになっている。また、冬場にはアーライルミネーションと呼ばれる光の装飾が夜の広場を演出している。このようなアーラの空間の開かれは、市民参加型設計の採用との深い関係がある。それは、度重なる多様な設計変更に対する設計者側の対応でもあった。アーラの参加型設計は徹底して行われたが、そのために、設計変更が頻繁に行われ、室の大きさや配置が頻繁に変更された。その変更に対応するために、設計者は、大屋根という考え方を設定したのである。大きな屋根を一つ大きく架けて、全体のイメージを損なうことなく、その下の空間変更ができるような方法を採用したのである。そして、この大屋根に覆われた広々とした共通空間は見通し良く、ここで繰り広げられる様々な活動をまとめ上げることに成功したのである。

上記のような共通空間の開かれは、今後さらに重要になると考える。それは、このような共通空間を利用した新しい文化芸術活動のデザインである。その片鱗は、座・高円寺に見ることができる。ザ・高円寺は外観的には黒い塊として閉じている。しかし、反対に内部空間は仕切りをできるだけ排除して連続した空間となっている。その中のカフェ「アンリ・ファーブル」ではドラマリーディングや絵本の読み聞かせなどのイベントを積極的に展開している。これからの公立文化施設は、こうしたパブリックペースを活用した多様な事業展開が必要になると思われる。とくに、多様なコミュケーションの形が、施設内外で展開されることを期待するこれからの公立文化施設においては、こうした考え方は非常に重要になると考える。

  1. 北上市文化交流センター 桜ホール、http://www.sakurahall.jp/facility2.php、accessed 2020.8.10
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