芸術監督の部屋:公立文化施設物語

1-6 均質な客席空間

戦後のホールの客席空間を特徴づけているのは、均質な客席である。多くのホールは舞台に対して同じように正面を向くように設置された客席である。舞台への可視性を確保するために、客席には勾配がつけられているが、真ん中の席も、横の席も同じようなデザインで広がっている。1000席を超えるような大きなホールでは、2階席が設けられるが、2階席も大きく均質に広がっているのが特徴である。このような客席空間(オーディトリアム)はどのような考え方で展開されたのであろうか。

西洋の劇場建築が本格的に日本に紹介されたのは1911年の帝国劇場であるが、ここでは19世紀当時西洋の劇場で一般的であったオーディトリアムの形が使われている。 貴族社会の伝統を色濃く反映するコンパートメント形式の重層するバルコニーを持つ、いわゆるイタリア式劇場、あるいはバロック劇場とよばれる形式は19世紀になると次第に均質な客席を持つ大きなバルコニーに変ってゆく。特にフランスではその傾向が強く表れていた。しかし、どの席も同じように良く見える、あるいは良く聞こえるというような思想はまだ成熟していなかったように思われる。1876年に完成したパリオペラ座(シャルル・ガルニエ設計)は、それまでにないネオ・バロック様式として設計され、オーディトリアム空間は旧来の重層するコンパートメント方式の桟敷席を有していた。1869年に杮落としをおこなったウィーン国立劇場は旧来型の重層し、コンパートメント化されたバルコニー席を有していた。1876年完成のバイロイト祝祭劇場で、初めてバルコニーを徹底的に排したすり鉢状の客席が生まれた。1893年に建設されたウィーン・フォルクス・オペラは、バルコニー席を4、5階に重層する方式ではなく、2層にまとめ、客席は均質化され奥と横にひろがるように設計されている。ここに劇場設計の変化を見ることができる。しかし、ここでもオーディトリアムの側面にはコンパートメント方式のバルコニー席が若干残されている。このように当時の劇場先進国であったヨーロッパにおいても、19世紀後半はまだバルコニー席などが息づいており、近代的な客席改革は十分に展開されていなかったと言える。帝国劇場においては、バイロイトのような革新的な思想はまだ十分に理解されておらず、フォルクス・オペラのような近代前夜の客席空間が模倣されたといえよう。

わが国でこのような均質な客席が意識的に設計されるようになったのは、建築音響設計についての科学的追求がきっかけと考えられる。日本の劇場建築において、近代的な音響設計が科学的に取り組まれたのは日比谷公会堂(1929年)が嚆矢である。日比谷公会堂では、設計競技段階の提案から実施設計への提案にかけて、音響設計の視点から大幅な変更が行われている。その過程で、舞台から客席にひろがる音について、どの観客席にもできるだけまんべんなく伝わるようにラッパ型の断面や釣り鐘型の平面が工夫されている。これは設計者佐藤功一と佐藤武夫の功績である。このような設計理論は早稲田大学大隈記念大講堂(1930年)においても適用されている。

1934年に完成した東京宝塚劇場においても、近代的な舞台照明を収容するシーリングスポット室やフロントサイドスポット室の設置とともに、1階席、およびバルコニー席の客席はすべて均質に並べられている。既に、商業演劇の世界においては、特権階級としての観客としてではなく、大衆としての観客に焦点があてられるようになっていたのであろう。

戦後になると、この考え方は、新しい民主主義の精神の反映として一気に広がりを見せる。どの席にも格差がないように設計すること、すなわち、同じように良く見え、良く聞こえることが求められ、均質な空間設計はそれを体現するものとなった。

戦後は、均質な観客席を作るための理論が様々に構築される時代でもあった。1960年代から日本建築学会では建築設計資料集成の新版の編集が行われたが、そこには一つ一つの客席から前席の頭越しに舞台を支障なく見通せる客席断面勾配の設計法が明確に示されている。前席の観客の頭越しに後ろの観客の視線が通るようにするための客席の床勾配の設計を作図と計算式で行うものである。舞台に対する横の客席の広がりについてもできるだけ舞台を正面からみることができる範囲などについても考え方が示されるようになった。また、舞台の演者の表情を詳細にみることができる限界距離、オペラなど、大雑把な表情でも鑑賞できる限界距離などの区別をおこない、劇場設計の指針としてまとめられた。これらの指針は、広く建築設計者に利用され、現在においても、文化ホールや劇場の設計の質を大きく高める役割を果たしている。

均質な客席空間構築理論にもとづく設計においては、かつてのイタリア式劇場とは異なる劇場の雰囲気が作られる。特に大きな特徴は、客席の両側面に現れる巨大な壁である。イタリア式劇場では、ここにバルコニー席が張り付いていたのが、それがなくなって大きな壁になった。戦後の劇場建築の設計においては、この大きな壁は音響設計に利用された。舞台から客席に向かった音が、側壁に反射してあちこちの方向に拡散しながら、全体としては均質に散らばるように、側壁にはあえて不揃いにした凸凹が設けられた。

このようにして、各地の公立文化ホールや劇場にみるオーソドックスな形が出来上がったのである。ただ、このような客席は、設計上は極めて合理的な空間であったが、イタリア式の劇場に比べるとなにかつめたい雰囲気があり、客席全体が感動に包まれる力が弱いようにも感じられた。実はこの感覚が、筆者が、劇場設計にかかわろうとした大きな理由でもあった。

  1. 帝国劇場写真帖、https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/858344/14、accessed 2020.4
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