芸術監督の部屋:公立文化施設物語

1-5 多目的ホールの展開

1960年代は多目的ホール技術の体系が確立してゆく時代でもある。多目的ホールの技術体系とは、クラシック音楽、演劇、伝統芸能、映画などの多様な上演に対して、できるだけ最良の環境で舞台空間と諸技術設備を整える体系である。まず、クラシック音楽においては、舞台と客席の響きの豊かさを確保することが重要になる。セイビンの音響理論をベースに、様々な設計技術が構築された。音響設計分野においては、先に述べた1961年に助教授に就任した石井聖光 率いる東大生産技術研究所とNHK技術研究所が先進的な指導役を果たした。石井は前川國男さんからお声がかかり、神奈川県立音楽堂の音響設計を担当する。当時最先端のローヤルフェスティバルホール(イギリス)の音響設計報告をもとに設計が進められた。NHK技術研究所では、その後、民間の音響研究所として大きな足跡を残す株式会社永田音響設計の永田穂が1960年代に活動している。NHK技術研究所は旧NHKホールの設計や東京文化会館の設計にかかわっている。石井研究室とNHK技術研究所は窒素充填と乾燥空気という異なる媒体を利用したが、ともに音響伝搬の相似則を乗り越えて縮小模型実験によって完成後のホールの音響特性を予測する技術を確立させた。コンピューターの発達のなかったこの時代においては、設計時点で、完成後の音響特性を予測する方法を生み出したことが、多目的ホールや、その後の専用コンサートホールの音響特性を大きく向上させる原動力となった。

さて、いくら音響特性をよくする設計方法が確立しても、多目的ホールでは、クラシック音楽、演劇、伝統芸能など異なる演目では必要とする音響特性が異なる。また、クラシック音楽のためには、舞台と客席が一体となった連続空間が求められるが、演劇や歌舞伎などでは、プロセニアムアーチというフレームを介して舞台と客席が向き合い、舞台の上には、大きく高いフライズ(フライタワー)が必要になる。フライタワーには大道具や幕などを吊るための舞台機構である吊り物(バトン)システムや舞台照明設備がぎっしりと並ぶ。したがって、フライタワーは客席空間から見た場合には大きな吸音装置として働き、客席空間の響きの特性を短くしてしまう。この二つの空間、設備の矛盾を解決するために選ばれたのが、可動式の音響反射板である。これは、クラシックコンサートのための音響特性を確保するために舞台を上部、左右、そして後ろから囲む音響反射板を必要に応じて分解し、舞台上部などに吊り込んで収納する設備である。これは、開発当初は重量制限などがあり、音響特性も十分ではなかったが、電動式の吊り物システムの採用により、音響特性もしっかりした重量のある反射板を少ない作業で収納、設置が行えるようになった。

可動式音響反射板と同時に日本の多目的ホールを象徴する舞台設備は、黒い幕を吊りっぱなしにした袖幕・一文字システムである。筆者は1970年代後半にドイツ、ハノーバー大学に留学し、現代劇場の建築計画と劇場技術を学んだが、その時、各地の劇場を見学して驚いたのは、毎日異なる演目を上演するために、朝から深夜まで稼働する舞台空間であっても、1日に一度は舞台がすっかり空になるときがあるということであった。その時は、舞台に立つと、舞台上部の大道具や幕などは完全に撤去されて「すのこ」(舞台上部の作業床)が丸見えになるのである。ところが、日本の多目的ホールでは、舞台を使っていないときが多いにもかかわらず、舞台から舞台上部の作業床である「すのこ」を眺めても見通せる時がない。なぜか。それは多目的ホールには照明バトン、舞台上部に分解して吊り込んだ音響反射板、映画上演用のスクリーン、そして、舞台の前から後ろまで、数列にわたって設置されている袖幕と一文字などがびっしりと吊り込まれ、ほとんど空間に空きがないからである。演劇やオペラ、バレエなどは大道具や幕を多用する。そして、その多くは舞台転換のために、舞台上部につられて収納することが多い。しかし、先に述べたように、道具を吊り込む以前に舞台上部はほかの常設設備で満員状態なのである。これでは演出家が期待するパーフェストな演出は難しい。これが多目的ホール批判の一つとなっている。

一文字、袖幕は本来、そこに絵画などが描かれ舞台装置の一部として機能するものである。しかし、日本の一文字、袖幕は黒い幕が基調で、どんな演目が行われても、吊りっぱなしになっているのである。先に述べたルント・ホリゾントのように舞台を三方から囲み、無限の空間を表すような仕掛けは発達しなかった。その意味で、日本の舞台芸術は、築地小劇場以来、真の立体化を思想として貫徹することなく現代にいたったといえる。不完全な舞台空間ながら、なぜ、黒い一文字、袖幕がこのように生き残ってきたのか。それには二つの理由がある。

一つは、多くの多目的ホールは貸館であり、毎日演目が違うこと、そして、使う方もできるだけ簡単に舞台を使いたいため、完璧な舞台装置を持ってくるよりは、最小限の舞台装置の持ち込みで対応しようとしたという点である。そして、特に、貸館として舞台を利用するアマチュアにとっては、演出空間としてのアクティングエリアを舞台袖から見切るための道具や幕を持ち込むことは費用がかかりすぎ、実質的に不可能であった。また、いちいち、舞台を空にするには、1、2人の常駐技術スタッフでは無理であったことも大きく影響していると考えられる。

二つ目の理由は歌舞伎の伝統であるが、日本では舞台の上の黒い色は、黒子に代表されるように見えないもの、見えてもそこにはないものと理解するという演者と観客の暗黙の合意の伝統があったからである。黒い一文字、黒い袖幕は単に舞台の裏を隠す仕切りでありながら、観客としては、見えないもの、あるいは見ないものとして、意識の上から消し去る作法を伝統的に心得てしまったため、それらがあっても苦にならないのである。

このような矛盾を抱えつつも、多目的ホールは日本の公立文化施設の大きな潮流を占めてゆく。それは、貸館ゆえの空間演出へのこだわりのなさと無関係ではない。リヒャルト・ワーグナーやアドフル・アッピア、ダルクローズなど、自らの演劇理念を完璧に空間を創り上げる貫徹した意思が、貸館システムには働かない。借り手はできるだけ簡便に舞台を利用できればよし、運営者はできるだけ手間をかけずに施設を管理できれば良いと考えると、最もエネルギーの少ない、機能を限定しつつも、ボタン一つで舞台を転換できるしつらえが求められた。

こうした、環境では、実は舞台芸術の観客は「舞台全体の演出を鑑賞する」というよりは、歌舞伎の伝統がそうであるように、演者一人一人に鑑賞の焦点をあてる「役者見」の観客の伝統が現代舞台芸術の鑑賞においても色濃く残ったのではないか。そのことによって、総合舞台芸術として空間のアートとして舞台を総合的に鑑賞するという考え方が育つことがなく、それが劇場技術や舞台美術が世界の潮流から切り離されている日本の現状を招いていると言えなくもない。

  1. 石井聖光、私と音の関わり、日本音響学会誌67巻2号、pp94-95、2011
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