芸術監督の部屋 第3部:プログラム提供型機関を作る

3-11 地域に多様な「ことを紡ぐ」コミュニティシアター型プログラム提供型機関を創る

これからの公立文化施設は、貸館や買い取り公演を中心とする運営を転換し、公共圏の涵養と社会包摂機能の充実を大きな目標に掲げ、文化芸術、特に舞台芸術の分野を中心に活動するが、美術や映像などの関連分野の動向も幅広に意識しつつ、あらゆる人々に開き、彼らの多様で積極的なかかわりを促すことによって、地域の文化芸術活動が活性化する、すなわち「ことを紡ぐ」プログラム提供型機関(インスティテュート)を目指すべきである。このようなプログラム提供機関(インスティテュート)を簡潔に「コミュニケートする劇場」と呼ぶことにしたい。

公立文化施設には、コミュニティシアター、プロフェッショナル・リージョナルシアタ―、そしてアートセンターの3つの方向性があることはすでに述べた。これらの方向性は今後も有効な枠組みであると思うので、以下、それぞれの方向性に沿った「コミュニケートする劇場」の在り方を示したい。

多くの地域、特に中小都市で一般的に期待されるのは、プロフェッショナルな作品を高い水準で作り続けるプロフェッショナル・リージョナルシアターよりは、できるだけ多くの地域住民が様々な形で舞台芸術活動に親しめるようなコミュニティシアターの方向性ではないか。まずは、コミュニティシアターを目指して既存の公立文化施設を再構築する方法を考えてみよう。

貸館中心であった既存の公立文化施設には、残念ながら、文化芸術を媒体として、ことを積極的に紡ぐようなシステムや人材は育っていない。そこで、そうした活動を担うことができる人材の確保や育成、そして、彼らが思う存分活動できる体制作りから始めなければならないだろう。

そこで、まず二つの転換を提案したい。一つはアーツコミュニケーション担当(部門)の設置である。新しい活動を展開するためには、ビジョンを作り直し、予算を確保し、組織を改組し、人材を雇用し、新しい運営を始めるという段取りになる。しかし、そのような抜本的な改革を一気に起こすことは、首長の強いリーダーシップなどよほどのことがない限り難しい。既存組織の微修正から出発すると動き出しやすいだろう。それは、小さくても良いから、新しい部門を旧組織の中に設置することである。設置する新しい部門は、地域の芸術団体、アーティスト、市民、教育機関、社会福祉機関などに働きかけ、かれらの間に積極的なコミュニケーションを誘発させ、ことを紡ぎだすことで創造的な成果を生み出す役割を担う。創造をコップの中の混濁水に例えれば、創造の活力が沈静化することがないように、その濁り、すなわち創造のための人の関わりをかき乱し、新しいものを生み出す力を活性化させておく役割である。

このようなかかわりを生み出すには、まずは、教育・普及活動や社会包摂活動としてのワークショップやアウトリーチを活発化させることから始めるのが良いだろう。公立文化施設の中には、すでに教育・普及部門や社会包摂部門をもつ公立文化施設もある。例えば世田谷パブリックシアターは普及啓発・人材養成事業に力を入れ、そのため、公立文化施設としては初めて専任の学芸員を雇用した。しかし、そうした事例はまだ、かなり少ない。小さな部署でよいから、新しい部門としてアーツコミュニケーション部門をネーミングし、一人の職員でも良いから専従とすることから始めてみよう。そうすることで、今まで社会包摂や教育・普及に経験がない職員であっても、業務として積極的、創造的に仕事を考えるようになるだろう。専従の職員を配置したら、当然、予算をつけることが必要である。最初から大きな予算をつけるのは難しいから、手始めに、数百万円規模で実施している鑑賞型事業を1本廃止して、その予算をアーツコミュニケーション部門に振り分けると良い。数少ない鑑賞型事業を1本でも減らすことは、自治体にとっては勇気のいることである。しかし、将来の展開のためにはそのぐらいの覚悟は必要ではないだろうか。そして、その活動が評価を受ける過程で、漸進的にアーツコミュニケーション予算を充実させてゆく努力を重ねるのである。さらに、小中学校や福祉施設との連携によるアウトリーチにとどまらず、より多様にアートをとおしてコミュニケーションを紡ぐ行為を作り出してゆくことが期待される。たとえば、地域の商店街で意識の高いオーナーと連携し、喫茶店コンサートなどの開催をお手伝いすることなどはすぐにでも始められるだろう。地域のアーティストや文化芸術団体と話し合いながら、どの様な活動をすれば地域の文化活動が活性化するようになるのか、そのためには何から始めなければならないのか、地域にはどんな文化資源があるのかを常日頃考えて、ちょっとしたチャンスを見出しては、アクションに結び付け、新しい創造的関係を紡ぎだしてゆくのである。ここには基本的に制限は何もないので、意欲があればこれほど面白い仕事はないだろう。

この原稿を書いているまさにその時、可児市文化創造センターが新しいプロジェクトとして「alaまち元気そうだん室i」を始めると連絡を受けた。「自分に合うワークショップなど「文化芸術プログラムを紹介」してほしい、文化芸術プログラムへの参加を通じて「新しい仲間づくり」がしたい、alaが実施する事業で「運営のお手伝い」がしたい、alaの「パートナー(資金協力者)」になって支援したい」というような様々な希望、困りごと、活動への参加などの恒常的な窓口を創るというものであり、これはまさに「コミュニケートする劇場」にとって非常に重要な窓口になる。常に最先端の活動をリードする衛紀生さんには頭が下がる。

「コミュニケートする劇場」は、舞台芸術を通して地域に様々な創造的関係性を重層的に構築し、よって、人々の中により豊かな心の環境を創り出し、さらには、文化の力により持続可能な社会環境を創り出す「こと紡ぎ」機関と考えたい。舞台芸術にかかわりの少ない人々や関わりたくてもかかわることが難しい人にも届くような活動を展開したり、すでにいろいろな活動を行っている人々に対しては、活動の広がりを支えたり、レベルアップのチャンスを提供したり、新しい創造への展開を後押ししたり、舞台芸術の創造を生業としている人とそれを享受したいと考えている人の間を取り持ったり、プロの舞台芸術関係者には地域で活動できる場所を広げる支援をしたりと、あらゆる活動に対して積極的に「ことを紡ぐ」サポートを行うのである。

地域の文化芸術活動はその大半がアマチュア活動によって営まれている。地域には合唱、合奏、ダンス・舞踊、演劇、絵画、写真、書画、短歌、手芸など様々な文化芸術のサークルが存在し、公立文化施設などの諸室を活動拠点としている。全国の2000館を越える公立文化施設が整備されている。全国どこに行っても、市民による多様な文化芸術活動が営まれているのはその結果である。しかし、それらの活動は、長い年月の間に活力を失ったり、マンネリ化したりする。いい指導者がいないので紹介してほしいというような要望も聞く。例えば、こうしたアマチュア活動に対して、団体の自助努力では呼べないような優れた指導者を一定期間招聘し、発表会まで指導してもらうような企画をつくるのはレベルアップ支援の形である。

普段、使うことができないような楽器を初心者にレンタルで提供したり、経済的、空間的等、様々な制約により、楽器を始めたくても始められない子供や、楽器に触れるのが長年の夢だったがチャンスがなかった壮年、老年世代に初級の講座を提供したり、あるいは、地域において協力をしてくれるアーティストを探し出し、居場所のない子供たちに放課後や週末の時間帯をアーツ活動に提供したり、図書館や図書館のボランティアと連携して紙芝居や読み聞かせの活動を公立文化施設にまで広げたりと、「ことを紡ぐ」活動の発想は限りなく広がる。

各地の自治体は地域の文化芸術団体と連携して文化協会等の組織を構築してきた。そして、それらは現在でも公立文化施設の重要な利用者になっている。しかし、残念ながら、古くからある団体は高齢化が進み、若い人は趣味が大きく異なることや団体活動を嫌うことなどから文化協会等への加入を好まない。地域の文化芸術活動は継続的な団体活動から、好きな時に好きな人が集まるような緩いネットワーク型アクティビティに変化してきているようだ。こうした社会的な関係性の変化に、「ことを紡ぐ」支援も対応しなければならないだろう。SNSによって結びついた緩い個人の関係性を、新しい創造行為にまとめるのはどんな方法があるのだろうか。いい意味でのインフルエンサーが地域には必要なのかもしれない。若い創造力のあるアートマネージャーならば、発信力のあるインフルエンサーと連携しつつ、きっと思いもつかない新しい方法で、新しい文化芸術活動を紡ぎだしてゆくだろう。

二つ目の転換提案は、長年使われてきた意味での自主事業、特にその中核を占めてきた買取型事業と、反対に利用に口を出さない貸館事業の2元システムに手を加えて、利用調整というべき作業を導入することである。第2部において指摘した今日の公立文化施設の制度疲労、すなわち、利用者同士の交流が難しこと、お金さえ払えばガラガラでも使うことができること、自主制作事業に自分の施設を使うことが難しいこと、舞台を空間芸術としてみた場合の空間芸術性の獲得を常設の一文字袖幕が阻んでいること、施設空間利用の非融通性などは、端的に言ってしまえば、杓子定規な貸館規定に則り施設運営がなされていることに起因している。市民やアーディストが他者からの干渉を受けずに活動できること、それは憲法21条で保障されている表現の自由を守るための基本である。それを逸脱してはならない。しかし、公立文化施設は年間の限られた時空間を利用者が共用しないといけない。無駄な時間はできるだけ残したくない。そのためには、できるだけ施設を有効利用するための時間調整機能が不可欠である。しかるに、今の貸館制度は利用者相互の利用調整機能は重要視されていない。唯一利用調整といわれるのは、抽選会であるが、抽選で選ばれなかった利用者と抽選で当選した利用者の積極的調整作業は行われていない。

利用希望が重なり、調整が難しいのは土日祝祭日である。ここに多くの利用者が殺到する。一般の会館運用では、施設の貸出しは、午前、午後、夜間の3区分の利用時間帯に分けられる。したがって、例えば市民の小さな音楽会(合唱、器楽演奏会など)でホールを利用する場合、1区分でリハーサル、その次の区分で本番を行う。すなわち、1日、1団体の利用に限られる。しかし、その内容をよく観察すると、リハーサルに2時間程度、本番で正味1時間半というような形の利用がうかがえる。そうであるのなら、利用希望が重なる土日祝祭日には、午前の早い時間、例えば、1団体が9時から11時にリハ―サルを行い、12時半から3時まで本番を行い、そのあと、別の団体が15時半から17時までリハーサルを行い、19時から21時まで本番を行うというような1日2回のサイクルで利用を調整することはできないのだろうか。あるいは、午前に子供たちを対象にした自主制作事業で3時ぐらいまでホールを利用し、そのあと、それほど大掛かりな舞台装置やリハーサルが必要のない市民利用に施設を提供するというような融通のある利用体制はできないのだろうか。また、ホールの隣にロビー、ホワイエを介して大きな稽古場、練習場、集会室などがあるような施設において、ホールはある団体の利用で、練習室は別の団体の利用ではあるが、同じような子供のための活動である場合、その活動を調整して、ロビーやホワイエまで巻き込んだ連携活動に展開するような調整はできないだろうか。あるいは土日を中心に年間2回、3回の公演を常に利用してくださるヘビーユーザーの場合、例えば利用が集中する秋の土日を提供する代わりに、春の利用については、申し訳ないがウィークデイの利用をしてくださらないだろうかとお願いすることはできないだろうか。もちろん、そんな提案は受けられないと断れれる方もおられるだろうが、地域の文化ホールの活性化の試みを理解してくださり、それなら挑戦してみるかとおっしゃっていただける方も中にはおられると思う。こうした作業はとても骨の折れることであり、だれもやりたくないかもしれない。しかし、貸館を脱却して、開かれた運営形態の中で、プログラム提供型機関として成長してゆくには、引き受けなくてはならない公立文化施設の職員の重要な仕事ではないだろうか。これからは、会館運営の規定に、利用者相互の積極的対話による利用調整という枠組みを構築し、公立文化施設は積極的にその調整を重要な業務として設定すべきである。これが「コミュニケートする劇場」を目指す最も効果的で最も現実的な貸館からの脱却方法である。

プログラム提供型機関を創るためには、ミッションの再構築と中長期ビジョンの構築も重要である。ミッションの再構築とは、アーツコミュニケーション部門の設置の目的や将来の方向性を示すような文言を明文化することである。公立文化施設は、行政の担当者や施設職員の入れ替わりが多い。そうした変化に対応できるように、ミッションによる明文化で、将来像を確定的に定義するのである。中長期ビジョンの構築とは、将来的に向かう方向と規模をあらかじめロードマップとして明文化することである。こうすることで、自治体担当部局や施設の職員、そして、そこを利用したり、事業連携したりする人々が、ともに将来の展望を確認しつつ継続的な事業発展を計画、実施することができるようになる。施設のミッションのみならず、文化芸術基本法の中で策定が推奨されている自治体の地方文化芸術推進基本計画のような上位計画にそうした方向性を盛り込むことができればさらに効果があるだろう。

ロードマップは新しい活動を小さく生んで、大きく育てる方法でもある。例えば教育・普及活動として小中学校へのアートデリバリー事業(アウトリーチ事業)を積極的に展開するとしよう。最初は試行的に1、2回の事業が展開できれば良い。最初から何十回もの事業をするのは予算的にも、スタッフの能力としても無理である。しかし、将来的な到達目標とそこに至るロードマップは最初からわかりやすく構築しておくのである。例えば、最終形として自治体内にある小学校、あるいは中学校のある学年の全生徒が参加できるようにするといった目標である。社会包摂についても、不登校の生徒が地域にはどのぐらいいるからその何割の生徒にアクセスすることを最終的な目標とする、舞台芸術公演を見たくても見ることが難しい障害者の方に、年間どのぐらいの頻度と場所にアーティストが出向くようにするといった総合的、俯瞰的な目標を設定するのである。もちろん、そうした最終目標を設定するには、何のために事業やるのかという課題の設定、誰と手を携えて、どのように事業を発展させるのかという具体的な方法やプロセスを考えておかねばならない。こうした中長期ビジョンの構築は施設単独では難しい。特に指定管理者の場合は行政の指示がないと動けないだろう。例えば、指定管理者の切り替わりに際して、公募の前提としての業務水準書に、行政は指定管理者が取り組むべき変革の方向付けをはっきりと示し、指定管理者に独自性のあるビジョンの設定と具体的な事業計画を求めるように指示し、公開性のある適切な選考を経て、最も魅力的で実現可能な提案をした指定管理者を選定するといった開かれたプロセスを期待したい。中長期ビジョンを構築し、最終形を考えるということは、予算の最終形も想定するということである。全国を眺めると鑑賞型事業に1千万円から2千万円ぐらいかけている施設は多いかと思われるが、できれば将来的には、事業予算を漸進的に増加させて、その半分ぐらいはアーツコミュニケーション事業に使うべきではないかと考える。

ビジョンの構築とロードマップの作成、そしてそれに基づくプログラムの展開において、注意しなければならないことがある。それはアーツコミュニケーション部門の独特の活動スタイルに関連する。アーツコミュニケーション部門で考えられるアクションは多様性を持つ。初めは構想していなかったが、あるチャンスにある関係性を紡ぎ、何らかの新しい活動を展開したいこともあるだろう。そうした場合に、ロードマップがそのアクションを縛ってはならないと思う。むしろ、活動の目標やロードマップを、必要な時に上書き修正してゆくことが大切である。特に、指定管理者の場合、行政からの抑止的な指示が足かせになることがある。柔軟にプログラムを展開すること、それが何よりもアーツコミュニケーション部門には必要である。

公立文化施設の空間や設備を再構築することも大切である。一つは、レストランや情報コーナーの創造的な活用である。レストランは目的外使用となっていると思われるが、これをロームシアター京都のように目的内利用に転換したい。できれば、地域の文化関連NPOや食のNPO、地域食材などを活用するビジョンのある料理人などと組んで、訪れる人々と会話が弾むようなレストランを作ったり、あるいは地域で若いころからバンド演奏を行ってきた元気な退職者などと連携して、面白い形のライブハウス型レストランを作ったり、古い映画館の大型スピーカーや真空管アンプなどを再利用して、市民が廃棄するようなSPレコードやLPレコードを集め、少しレトロで新しい形の音楽喫茶などの展開をしてはどうだろうか。もちろんこれは一例である。このように単に飲食を提供する場というよりは、飲食を媒介として来訪するお客さんを緩やかにつなぎつつ、多様なアクティビティを生み出してゆくレストランを、知恵を絞って作り出したい。このようなレストランを活動型レストランと定義したい。このようなユニークな活動型レストランには、単にユニークさを売りにするのではなく、人と人とのコミュニケーションを通して公共圏を形成する動きを施設全体に染み出させる役割も持っている。そのためには、ユニークな活動提案を公募し、面白い形の運営者を選ぶことも良いのではないか。きっと参加したいという市民が現れるだろう。

情報関連の活動とも連携できるといい。とくに、公立文化ホールがこれまでないがしろにしてきた地域の文化芸術活動や公立文化施設の活動のアーカイブを積極的に作り、ホームページなどで情報を提供してゆくことが期待される。踊り、ダンス、音楽の発表会、そのチラシ、パンフレットなどが画像、映像として蓄積されると将来の貴重な財産になるだろう。できれば、こうした活動を公募方式などによる市民参加型で行うことができれば素晴らしい。あるいは、地域の文化協会などの重要な公益的活動として展開する可能性もあるだろう。

アーツコミュニケーション部門の活動は、活動型レストランと同じく、事業の柔軟性のみならず、空間的な柔軟性を持つことも大切である。特に、ロビーやホワイエなどの共通空間に積極的に染み出してゆくような活動を考えてみてはどうだろう。これまでの公立文化施設のロビーやホワイエは公演が行われていないときは寂しい空間になりがちであった。空間の活性化のためには、参加型のイベントとして子供たちと一緒に大きなオブジェを作るとか、だれでも参加できるお祭りを仕掛けるとか、あるいは、ロビーコンサート、マルシェなどを積極的に展開してゆくことも大切だと思う。長久手市文化の家では開館15周年記念にアコーディオン演奏家のcobaが著名なシェフの落合務と連携してロビーにてパスタを食べるイベントを仕掛けた。こうした仕掛けを、共通空間を積極的に使って展開するようなアクティブな施設運営を期待したい。活動型レストランでの活動をネット中継するような企画も十分にあり得るだろう。今、世界各地に置かれた町中ピアノの深夜テレビでの中継が面白い。神戸市などでは積極的に、駅ピアノの設置を進めている。ピアノを弾く映像を、演奏者本人の承諾のもとに記録し、地域のインターネット放送局などで流すことなども面白いアーカイブとなるだろう。小さい子供の時の映像が20年後、30年後に確認できたら、演奏者本人もうれしいし、また地域の世相を記録する鏡ともなる。

プログラム提供型機関としての公立文化施設では、ホール以外の様々な空間を活用し、多様な形で人々のコミュニケーションを紡ぎだす作業はアーツコミュニケーション部門の大きな仕事である。バザーやマルシェをやりたいと考えている人に実現をしてもらうように働きかけたり、レストランの経営者と一緒に文化イベントを考えたり、ロビーピアノの演奏を録画しネット配信したり、さらに広い地域の文化芸術活動に関する情報を提供するネット放送局を仕掛けたりと、その仕事には限りない。何をしたら面白いコミュニケーションの紡ぎだしができるか、常に、人と人を結ぶ仕掛けを考えるとても創造的な仕事である。公立文化施設が真に地域の文化芸術のコミュニケーションの核となるためには、このような新しい仕事を日々生み出してゆく努力が必要であると思う。このようや姿勢こそが、コミュニケートする劇場として、単にアクションを受け入れる場所からアクションを積極的に紡ぎだす場所への転換を支えるのである。

岡崎市民会館では、まだ上記のような活動は始動にも至っていない。少しずつ、将来に向けて意見交換や方向性の検討を重ねている段階である。第2次岡崎市文化振興推進計画において、ミッションを「これまでの貸館運営中心であった市民会館について、文化芸術基本法、劇場・音楽堂等活性化法の示す方向性に基づいて、文化芸術と社会との関わりの創出を進めます。具体的には、市民と文化芸術の距離を近くするようなアーツマネージメントを、様々な市民組織、文化芸術団体及び企業などと協働し、市民会館が主体的、かつ創造的に行うことにより、西三河の中心都市たる岡崎市において、これまで培われてきた文化芸術活動をさらに発展させ、また、新たな文化芸術の息吹を育みます。そして、住んでよかったと思う、あるいは、住んでみたいと思う持続的で魅力ある都市を支える文化芸術の基盤構造(インフラストラクチャー)の核としての役割を担います。」iiと設定した。まさに、アートを核として、組織の開かれと創造性の展開を求めている。

こうしたミッションに従って、新しい方向への活動を一つずつ実現化しようとしている。市民と文化芸術の距離を近くするようなアーツマネージメントとして、まず、ホールボランティア制度を創出した。これはすでに多くの公立文化施設で展開されている活動で目新しいものではない。しかし、市民と公立文化施設を繋ぐ上では大事な一歩である。現在、45名のメンバーがフロントスタッフとして、チケットのもぎりや客席案内などで活動している。これは、参加者個人の自己実現や健康増進の一助となると同時に、市民と市民会館の距離を近くするような役割も担っている。

次に行ったのが、地域のプロの音楽家集団である岡崎音楽家協会との連携による、サロンコンサートである。これはひと月に1回、年10回ほど行っているもので、80名弱の定員とお客さんの数は少ないものの、旧喫茶室の小さい空間を利用してアットホームなコンサートを開催している。コーディネーターとして、地域の優れたプロの演奏家を一人お願いしており、質の高い演奏会が保たれている。このサロンコンサートはワンコイン500円でウィークデイの昼下がりに行われるが、時間的に退職された方や小さい子供を連れた主婦の方が多く参加され、客層の多様性を引き出している。特に重要に考えているのは、地域の人々に気軽に市民会館に足を運んでもらう機会を提供したいということと、地域の才能のあるアーティストの活躍の場を少しでも広げたいということである。その意味で岡崎音楽家協会との連携は大切にしてゆきたい。これからはアウトリーチ活動への展開も考えたい。

岡崎は光ヶ丘女子高等学校や岡崎女子大学・岡崎女子短期大学というダンス部の有名な学校があり、これまでに、世界で活動する振付家なども生まれている。こうした、優れた地域資源を活用し、さらに市民参加として公募のダンサーも受け入れるダンスの公演を企画している。岡崎市民会館には、大改修の時に、公共施設ではまだ珍しい、高輝度大型のプロジェクターを4台と舞台を囲う3面スクリーン(パノラマ)を用意してもらった。それを活用し、ダンスにさらに、生の演奏とフルスクリーンの映像を加えた、大変ユニークな創造作品を創り上げている。こうした先端的な挑戦をすることも、地域の公立文化施設として、単なる買い取り公演からの脱却を図る意味で、これから期待したい活動である。また、地域の学校などの機関との連携を図ることは企画の「開かれ」としても重要な試みである。

岡崎市民会館として今後手掛けてゆく必要のあるのは、教育・普及事業や社会包摂事業への展開である。現時点ではこの部分はしんがりを走っているのかもしれない。少し時間がかかるかもしれないが、今後の展開を見守っていただければ幸いである。

筆者はもともと建築計画学の出身である。そして1980年代から全国の公立文化施設の新設にかかわってきた。この公立文化施設物語においても、公会堂に始まる我が国の公立文化施設の展開を俯瞰的に眺めてきた。そこで、まとめとして、これからの公立文化施設の建築計画的な方向性を考察しておきたい。これまでの公立文化施設の計画は、倶楽部型公会堂から文化ホール型の公会堂への転換、多目的ホールとしての機能の改良、専用ホール(群)と練習・創造空間を充実させた創造型施設へと進んできた。創造型施設は、1990年代を通して、彩の国さいたま芸術劇場、世田谷パブリックシアターなどで実現されている。創造型施設の運営組織についても、水戸芸術館や静岡県舞台芸術センターをはじめとして、近年では兵庫県立芸術文化センターやKAAT神奈川芸術劇場など各地で高度なモデルが示されている。しかし、それ以前に作られた施設では、練習室、稽古場、道具や衣装の製作場などの機能はまだまだ、十分に反映されていない。地域の創造活動を支えるには、そうした空間の整備は不可欠であり、施設大規模改修等のチャンスを使って充実化を図ることを検討してほしいと思う。特に、舞台と同等の性能と広さを持つ大練習室の存在や、利用料金を設定せず、ワークショップなどの自主企画を毎日優先して利用できる自主事業用の練習空間の設置などは、必要不可欠なものである。また、自主事業を充実させようとすると、大道具をつくる道具作業室、衣装などを縫ったりする衣装製作室などの空間が用意されていると創造活動がやりやすくなる。世田谷パブリックシアターなどでは、それらが用意されているので参考にされるとよい。

「コミュニケートする劇場」には空間的にも新しい発想が必要になる。それは、気楽に立ち寄ることができる魅力のある広い共通ロビー、ロビーと繋がり人々の往来や滞在が絶えない不定形なワークショップスペースや談話空間や練習空間、新しい公共圏を生み出すような活動型レストラン、地域文化情報や施設活動の情報をアーカイブし、インターネットなどを通してライブ中継やコミュニティの文化芸術活動情報発信できる情報空間(機能と設備)、ワークショップなどが主体的活動として展開できるように配慮し、あえて貸し空間として設定しない大きな活動空間(ワークショップスタジオ)、衣装や道具の製作場などが組み合わさった創造支援空間などである。これらが閉じられたり開かれたりして繋がり、有機的に組み合わさった新しい施設デザインが求められている。そして、このような空間の萌芽は、伊東豊雄が佐藤信らと計画を行った座・高円寺に見ることができるiii。それぞれの地域性に合った形で、こうした施設タイプが各地に登場することを期待したい。そして、こうした施設が、今後、地域に展開されるであろう、日本版アーツカウンシルなど、開かれた文化芸術創造環境の支援システムと連動しつつ、地域に新しい文化芸術の公共圏を形成することを期待したい。

ここで、公立文化施設が貸館から脱却して、プログラム提供型機関になる時に乗り越えなければならない施設計画上の矛盾を指摘しておきたい。それは、現存する多くの公立文化施設がプログラム提供型機関としての役割を果たそうとするときに、大きな負担をかける大型の客席を持つホールの存在である。今の施設規模、特にホールの客席規模は、創造的なプログラム提供型機関を立ち上げるには、あまりにも大きすぎるのである。大都市を除き、舞台芸術の創造を考えると、どんなに大きくとも、600席、800席を超えるような大きな客席を持つホールは、施設の維持管理経費があまりにも大きな負担となり、創造活動が委縮してしまう危険が大きい。小さな演劇やダンスなどのマイナーな分野は100席に満たないような小さな空間でこそ、育まれる。力のある劇団や舞踊団でもリーズナブルに鑑賞できるのは600席から800席が限度であろう。海外の一流劇場、特にオペラハウスには2000席近いホールを持つ劇場もあるが、それらは大きな予算を使い、長い伝統の中で、施設規模に耐えられる力量のある超ド級アーティストや指導者を抱えている。それを真似することは我が国の地域の公立文化施設には難しい。しかしながら、これまで地域の様々な団体が使ってきた経緯から、公立文化施設の主ホールは1000席以上、場合によっては2000席の規模が要請されるのだ。筆者は創造する劇場として彩の国さいたま芸術劇場や世田谷パブリックシアターの計画において、大規模ホールの設置をしないように関係者を説得して回った。その考え方に同調してくださる多くの方々の支援のもと、結果的に、規模が小さく、設備の整った創造する劇場のプロトタイプを作ることができた。しかし、今日でも公立文化施設のリニューアルに際して、大型のホールを作りたいという地域の強い希望に圧倒されてしまうことが多い。また、実際、買取型の鑑賞事業の実施において、プロジェクト単位の採算性を上げるために客席数を大きくする誘惑に勝てなくなることもある。貸館で利用する地域の文化芸術団体や地域の鑑賞団体も、1度に動員する観客を2回、3回の公演に分けて行うことは、コストや手間、あるいは日程調整上難しく、できれば1日で行いたいと主張する。1000席以上、あるいは2000席以上のホールが必要だ、いや、もっと小さいホールで良い、というような議論はつねに、1回きりの利用で効率を上げようとする貸館利用者や鑑賞型自主事業者の思いと、建物の維持管理コストを下げて年間の管理運営を合理化したいと考える管理者の思惑と、そして、良い作品を良い鑑賞環境で見てもらうためには小さめの規模が良いとする創造側の理想主義とが妥協点を見出さないままぶつかり合っているためである。そして、客席が大きくなることに対する施設経営の負担は、行政サービスとしてあいまい化されてしまうため、誰も責任を取らず棚上げされてしまう。

本来、超一流のオペラハウスや、大手プロモーターが貸館として利用する巨大都市の施設を除き、地域の文化芸術活動の持続可能な再生産に寄与するプログラム提供型施設は、オペラやバレエを対象として組み込む必要があるものですら、舞台作品としては、大きくても600席から800席程度ホールで十分に成立することはできる。実際海外の地方都市では、この程度の規模で十分に創造的な活動を行っている。それができないと否定される理由は、ひとえに1回きりの短期公演が貸館利用を前提とする採算上の前提になっているからである。観客にとっても、演者にとっても、1回きりの公演よりは、複数回の上演を行った方が、鑑賞のチャンスも、スキルアップのチャンスも広がる。1公演当たりの制作費も割安になるだろう。本当は良いことが多いはずだ。しかし、理想はそうでも、土日しか人が集まらない、数回の公演を行うだけの観客動員は難しい、予算を少しでも圧縮したい、ほかの出演予定を持っていたり、生活費を稼ぐために他の仕事を持っていたりする出演者を複数日拘束できない、公演の裏方、表方を助けてくれているお稽古教室の親御さんを複数日は動員できないなど、難しい理由はいくらでも挙げることができる。しかし、少子高齢化で、今後人口が極端に減少することが分かっているこの時に、東京一極集中の舞台芸術創造のひずみを解消し、地域で持続的に創造活動を継続する新しいタイプの公立文化施設を本気で作り上げるには、施設をコンパクトにしつつ、施設管理という固定費に配分される予算を創造という活動予算に振り分けることが不可欠である。どうしたら、公立文化施設に関わる様々なステークホルダーの発想を変えることができるだろうか。静岡県舞台芸術センターや世田谷パブリックシアター、座・高円寺などの先駆的な施設は、鈴木忠志や佐藤信などのカリスマ的な中心人物が強いリーダーシップでけん引することで実現している。しかし、これからは、もっと多くの多様な人々の参加と意見交換の中からそうした施設が生み出されることを期待したい。地域の舞台芸術関係者、行政、文化政策関係者、建築計画者などが腹を割って話し合い、一度、短絡的な損得を棚上げしたうえで、長い目で見た持続可能なプログラム提供型機関の在り方を見つめなおす丁寧な計画プロセスを経由して構築してゆくべきではないだろうか。そうしたプロセスこそ、本当の意味での公共圏の形成を促すものであり、社会に開かれた社会包摂の理念にも即していると思うのである。

1)貸館を一切行わないで、地域のアーティストが地域の観客に向けて理想的な形で質が高い作品を作り提供する、2)劇場は一定の休暇期間は除き、基本的に毎日開場し、毎日お客さんを迎え入れる、3)単に舞台作品を提供するにとどまらず、アウトリーチやワークショップなどアーツコミュニケーション活動を積極的に推進する、4)地域のアーティストと施設の制作担当が協働する舞台芸術創造のオープンシステムを基盤として、それぞれの負担がコンパクトで持続可能になるようにする、5)舞台芸術の創造活動に必要な諸空間はしっかり備えつつも、1作品複数回の公演を前提に客席規模を可能な限りコンパクトに設定する、という前提条件を仮定し、事業運営のシミュレーションなどを行いつつ、お互いの利害を調整し、話し合いの中で歩み寄ってゆく計画プロセスが創れないだろうか。公立文化施設をめぐる真の文化政策は、こうした創造的コミュニケーションを介する歩み寄りの中からしか生まれてこないと思う。

そのような歩み寄りの中で、建築家の創造力もきっと大きな力をもたらしてくれるだろう。これまでの公立文化施設について、前川國男、磯崎新、伊東豊雄、香山壽夫らの優れた建築家が時代を先駆けて新しいイメージを開拓してきたことに私は一人の建築関係者として誇りを持っている。ハード主体と悪口を言われ続けてはいるが、これまで新しい公立文化施設のイメージを開拓したのも、佐藤信や鈴木忠志といった先駆的なソフトの開拓者と高い水準で協働した建築家なのだ。この「公立文化施設物語」が良い意味での建築家、芸術家、舞台技術者、文化政策者、そして、行政や市民との連携を促し、新しい時代の公立文化施設のイメージと活動を紡ぎ出してくれることを切に期待したい。

  1. alaまち元気そうだん室、 https://www.kpac.or.jp/ala/topics/alamachigenki0320/、accessed 2021.03.23
  2. 岡崎市文化芸術振興推進計画、 https://www.city.okazaki.lg.jp/1550/1556/1602/p021409_d/fil/2keikaku.pdf
  3. 座・高円寺、 https://za-koenji.jp/about/index.html、accessed 2020.7.4
    「劇場での作品創造を支える稽古場や衣裳製作室、舞台美術製作室、音響・映像製作室や、現代劇の戯曲を収集・保存するアーカイブ(書庫)、ドラマ・リーディングやレクチャーなど、カジュアルな座学の空間としても楽しめるカフェ(アンリ・ファーブル)など、さまざまにひらかれた空間を備えています。」
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