芸術監督の部屋 第3部:プログラム提供型機関を作る

3-10 プロダクションマネージャーにより多様な舞台技術、舞台管理サービスを拓く

文化政策やアーツマネージメントが語られるとき、劇場建築や舞台技術について正面から語られることは少ない。特に、公立文化施設においては、ハード優先で、ソフトがないと否定的に語ることがステレオタイプ化していないだろうか。そうした風潮の中で、私はあえて、公立文化施設という空間とそれを運用するための技術、特に、舞台や客席の空間やそれを取り巻く舞台技術体系の改善に拘ってきた。それには訳がある。

舞台芸術は総合芸術といわれるように時間と空間の芸術である。もちろん、演劇においては戯曲、俳優の身体や言葉、音楽では演奏と演奏者の身体、が最も重要な要素であることは間違いない。しかし、空間の美学、あるいは空間自体の表現も大変重要な要素である。筆者は劇場の在り方を学ぶにあたって、古今東西の芸能の空間における「見る―見られる」関係の考察から入った。舞台芸術をするという行為は極めて空間性の高い行為であると直感的に思ったからである。そうした思いを持つに至ったのには、子供のころの体験がある。筆者の祖父はアマチュアの手品師であり、結構地域では知られた存在であった。毎日のように祖父の自作の手品の道具とその使い方を見せられて育った。例えば簡単なものでは手からコインやトランプを出すというようなものがある。これを習得するには結構なテクニックを覚えないといけないのだが、どんなにうまくても真後ろからでは種がばれてしまうのだ。観客に対して、うまく見せる角度というものがある。うまい手品師はその死角をできるだけ少なくできる手品師だ。劇場の舞台も同じようなところがある。例えばプロセニアム形式の舞台は正面から見ると完成された空間を見せるが、その裏側はあらゆる臓物が丸見えになっている。俳優の演技にも裏表があり、さらには、舞台美術、舞台照明、舞台音響、舞台映像すべて、どこから観客が、どの様にみているのかということを把握しなければ成立しない。つまり、上演する劇場の空間と技術を把握していないと、本当の意味での完璧な舞台芸術というのは成立しないはずである。ところが日本の公立文化施設においては、こうした前提がいろいろなところで崩れているのである。

公立文化施設の舞台技術にはいくつかの不自由さがある。一つは、黒い一文字袖幕の常設、音響反射板との共存など、多目的利用に便利に設定された舞台設備の不自由さ、二つ目は舞台芸術を創る組織(人)と舞台を管理する組織(人)の分断、三つ目は公演期間の短さによる舞台技術の習熟機会の喪失、四つ目は舞台を作るための投資と入場料によるその収入の乖離である。一つ目と四つ目の話題については、それぞれ、2-9章と2-4章などですでに述べているので、ここでは二つ目と三つ目の話題を取り上げたい。とくに、舞台を作る組織(人)と舞台を管理する組織(人)との分断は深刻である。

舞台を作る組織(人)と舞台を管理する組織(人)との分断とはなにか、すぐにわかる人は少ないだろう。日本の舞台芸術はごく少ない例を除いて、舞台芸術を創る創造集団(劇団や楽団)と公演を受け入れる劇場は経営的、組織的に分離されている。これは民間劇場においても、公立文化施設においても一般的なことである。舞台空間をデザインする舞台美術家、照明プランナー、音響プランナーや舞台の技術を仕切る舞台監督は自由業として独自の組織や個人として生計を立てており、さらには、道具を作る大道具や小道具の会社、衣装を作る会社なども独立している。例えば演劇を1本創るとすると、劇団をコアに、上記の様々な組織や人が結集し、制作から上演に至る期間一つのチームとして活動するのである。その骨格をなすのが、戯曲と上演台本である。演出家の意図をくみ取った舞台美術家、照明プランナー、音響プランナーがそれぞれのプランをまとめ、さらに、それらの配下にある技術チームが劇場の持つ設備、劇場の持っていない設備などを精査し、それらが使えるかどうか吟味したうえで必要な舞台技術を整える。そうした準備をしたのちにチームが劇場に乗り込んでくる。最近の事例では、劇場が持っている設備は使い物にならない、あるいは自分が常に使っているものと違って使いづらいということから、多くの舞台設備は持ち込みになることが多くなっている。特に公立文化施設ではそうしたことが頻繁になっている。それでは劇場にいる技術者は何をするのであろうか。多くは日常的な施設設備のマネージメントと当日劇場に入ってくる舞台技術者の舞台利用における監督をすることになる。貸館においては、劇場付きの舞台技術者、あるいは管理技術者は基本的に創造に携わることがない。舞台上演の現場では、上演台本に従って、幕が開いてから終了するまで、秒刻みでいろいろな場面が変化する。照明が変化し、舞台装置が転換される。これらの変化はすべて「きっかけ」(キュー)によって行われる。その指示の中核になるのが舞台監督である。劇場付きの舞台技術者、あるいは管理技術者はそうしたきっかけにかかわる仕事は基本的に行わないのが一般的である。きっかけは稽古から演出家と付き合い、舞台の進行を熟知したものでないと扱うことができないからである。あるいは、照明デザインに従って、必要な照明器具をバトンにつけたり、色を合わせたり、必要な箇所に必要なマイクやスピーカーを設置したり、あるいは映像用の設備を設置したりすることも基本的には、創造集団について劇場入りする舞台技術者が行うのである。

それでは、こうした仕組みにどの様な問題があるだろうか。文化政策の専門家、あるいはアートマネージャーは案外そこに潜む重大な問題に気付かない。だから公立文化施設を単なる箱と割り切ってしまいがちになる。問題は、劇場の客席や舞台はそれぞれ、二つと同じものがない唯一無二の存在であり、そこには独特の空間性や設備性がある。そして、その空間性や設備性が演劇などのパフォーマンスの質に大きくかかわってくるのである。それを乗り越えて完璧な舞台創造を行うには、劇場の持つ空間性や技術性を100%手中に入れておかなければならない。ヨーロッパの劇場のように、劇場に創造集団がついている場合には、創造集団と劇場の空間性、技術性とはシームレスなつながりが保証されるが、日本のようなオープンシステムによる上演の場合には、そこに技術的な分断が生まれ、どうしても技術的な妥協が生じる。特に、多くの公立文化施設のように巡回公演の受け皿になる場合には、早くても前日に乗り込み、遅い時には公演当日に乗り込み舞台を設営するというスケジュールになる。こうしたスケジュールでは本来必要な大道具、照明、音響等のセッティングを簡略化せざるを得なくなる。地域、特に公立文化施設においては、一文字袖幕吊りっぱなしの劇場管理が横行しつつも、それを当たり前のこととして不思議に思わないことも、創造と劇場の乖離によるところが大きいのである。

日本の劇場におけるこの分離現象をどのように解決するべきか、いろいろな技術者がいろいろな知恵を考えてきた。一つは常連のユーザー体制を整えることである。民間の商業劇場においては、オープンシステムと言っても、その利用者はある程度限定され、日常的に利用する演出チームや舞台技術チームが形成されていることが多い。そこでは、劇場と創造集団との分離はある程度低減される。公立文化施設においても、劇場を何度も利用するヘビーユーザーはある程度、その劇場を習熟する舞台技術者と連携しているので、解離現象は少し緩和される。しかし、非常に精密で変化の程度の高い演出をする場合には、劇場と創造者側との技術打合せを綿密にしておかないと難しいだろう。しかし、どんなに綿密な打ち合わせをしたとしても、劇場に大きな加工をするようなことは相当難しい。民間劇場では何とか行うことができるかもしれないが、公立文化施設においては、舞台の床に大きな穴をあける、あるいは、舞台全体に、水を張ってその中で演技をするとか、舞台の上に厚く砂をまくなどの演出を実現するのは困難である。公演が終わった後、舞台設備やしつらえに損傷が残らないか、原状回復ができるか管理側が心配するからである。東京以外、地域の公立文化施設ではこうしたことを乗り越えて挑戦的な舞台空間づくりを行うことは不可能に近い。また、地域においては、日常的に公立文化施設を拠点として活動している劇団や楽団は少なく、本当の意味で、創造的な常連ユーザー体制を整えることは難しい。公立文化施設が地域において創造の拠点になれない真の理由は、地域に根付いて活動するプロフェッショナルな創造集団が形成されていない上に、オープンシステムを乗り越える技術の連携が難しいことにあると筆者は考えている。そして、残念ながら、この課題に切り込んだ公立劇場論を展開している文化政策の専門家や文化行政の担当者は本当に少ない。

舞台技術者が提案する解決方法の二つ目は、劇場そのものが自主制作をすることである。外部の劇団や楽団に丸投げの制作をおねがいするのではなく、劇場が舞台作品を考え、必要な出演者やスタッフを集め、自ら作品の創造を行うのである。こうすることで、劇場付きの舞台技術者は、真の制作スタッフとして、一から舞台づくりに参加できる。1980年代に構想が生まれ、1990年代に形が生まれた、世田谷パブリックシアターや彩の国さいたま芸術劇場のような創造型の劇場はこうした議論をプロジェクトの早い段階から行っている。世田谷パブリックシアターでは佐藤信をトップに、優れた舞台技術者が計画段階からプロジェクトに参加し、照明設備、舞台機構設備、音響設備などの詳細に至る設計に関与し、さらに、そのあとで、劇場の管理技術者として創造活動に携わるシームレスな体系をつくることができた。貸館においても、外から入る技術者以上の創造力とけん引力を劇場の舞台技術者が備えていたために、劇場全体の創造性が高い水準で担保できたのである。さいたま芸術劇場においても、舞台照明家立木定彦が計画当時からかかわり、国立劇場にいた齋藤譲一が舞台の責任者として計画段階から迎えられ、さらに一流の舞台技術者を雇用することによって、諸井誠、蜷川幸雄と続く芸術監督の創造活動を技術面から支える体系を構築できたi。今、各地で重要な創造活動を担っている公立文化施設である北九州芸術劇場、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、兵庫県立芸術文化センター、KAAT神奈川芸術劇場などは、同じように超一流の舞台技術者が劇場を支えている。このような方式は小さな公立文化施設ではむずかしかもしれない。しかし、それは決して難しいことではない。例えば、人口6万人の長久手市は名古屋市東部にある小さな市であるが、そこの長久手市文化の家では毎年ユニークな自主事業を展開している。その元締めはもともと舞台照明技術者であり、長久手市文化の家ができた当初から自主事業の制作を専ら行う職員としてかかわり続けている籾山勝人である。長久手市文化の家では、さらに若いアーティストが劇場の活動をユニークに展開する創造スタッフとして参加する仕組みも創り上げている。大きな予算と大きな組織をつくらずとも、公立文化施設を創造的に運営し、技術を育ててゆく方法はあるのである。

三つ目はプロダクションマネージャーという職種を確立することである。プロダクションマネージャーとはアメリカの劇場などに置かれている職種であり、制作と技術の間に入り、劇場と創造者(演出家等)の関係を創造的に繋ぐ役割である。この職種は自立することも可能ではあるが、劇場側に配属されていることが望ましい。なぜなら、劇場の持つ空間や舞台設備の特徴、あるいは、そこのスタッフの働き方などを周知していることが重要だからである。それでは劇場付きの舞台技術者とは何が違うのだろうか。それは、通常、貸館の管理技術者が行わない作品の創造プロセスに関わる職種であるということである。演劇で言えば、演出家の意図に従って舞台美術家、照明プランナー、音響プランナーがつくるプランを最大限、劇場において実現させるために、どの様な技術作業や、どの様な技術準備が必要なのか、場合によっては、既存の劇場設備のみならず、新しい技術を導入する必要があるのであれば、どのような工夫や経費を見ないといけないか、また、大道具などを外で作る場合には、どの様に搬入計画を考えたらいいか、円滑な舞台準備のためにはどのように仕込み作業を計画したら良いか、など様々な「つなぎ」行為を円滑に推進するのである。つまり、作品の構想段階から本番までのすべてのプロセスに付き合う技術スタッフであると言えるだろう。日本には、まだ、プロダクションマネージャーという言葉は定着していない。したがって、その職種もKAAT神奈川芸術劇場など限られた劇場にしか存在していない。貸館がメインだという劇場において、プロダクションマネージャーの職種を設置するのは無駄と考える劇場の管理者も現状では多いだろう。しかし、あえて、日常の劇場管理のみならず、制作と劇場の調整を作品創造に付き合ってつなぐ仕事を劇場側が持つことが、日本の舞台芸術の水準をどのぐらい押し上げることができるのか、ぜひ、考えてほしいと思う。

公立文化施設は、どうしても公平性、平等性をうたわざるを得ず、そこで外部の組織との連携を積極的に推進しようとすると、癒着だ、特定団体の優遇だといった非難を浴びることも起こる。しかし、劇場技術の一体性が劇場の創造性の生命線を握ることは間違いのないことであり、プロダクションマネージャーという職種の確立などを通して、劇場における創造行為とそれを推進する組織の在り方を地域の人々が皆、理解し、支えてくれるような環境づくりを模索し続けることが今、強く求められているのである。

次に、公演期間の短さによる舞台技術の習熟機会の喪失について考察する。貸館運営の効率文化ホールを建設する際には、その客席数の設定が大きな話題になる。そして、大きな客席の劇場が選択されることが多い。それは、劇場を設置する地方自治体の見栄があったことも間違いない。隣よりも大きなホールを作りたいと考えてしまいがちである。しかし、ここで問題にしたいのは、地域の舞台芸術関係者が大きな劇場を望むということである。ここには二つの側面がある。一つは巡回公演を仕切る興行組織からの要望である。同じ場所での公演を2回、3回と行うよりは、大きな劇場で1回公演を行うことの方が効率的だからである。もう一つは地域の文化芸術団体が大きな施設を望むということである。それは、特に土日に集中して公演を行いたいという希望からである。どちらも、長い期間小さな劇場を借りると経費が余分にかかるし、また、長い期間公演を行おうとしても、アマチュアが主体の地域の公演では舞台のために仕事を休むことはできないという事情もある。地方自治体は、建設費の負担や維持管理費の負担が多くなることはわかっているが、どうしても規模を大きくしてしまいがちになるのである。しかし、創造と技術という観点からは、まったく違う地平がみえるのである。技術は習熟して初めてブラッシュアップされる。それは演技や演奏の技術も舞台照明や舞台音響や道具の取り回しなどの技術もすべて含まれる。今こそ、小さい劇場を作り、長く公演を行うことを真剣に考えてもいいのではないだろうか。

最後に、今、プログラム提供型機関としての公立文化施設を語るにあたり、なぜ、この技術者問題を持ち出しているかということである。これからのプログラム提供型機関としての公立文化施設は、単に優れた舞台芸術の上演場所になることのみならず、地域の様々な文化芸術活動を施設の内外を問わず、多様な形でサポートしてゆくことが求められている。また、コロナ禍をとおして、舞台芸術の配信など新しいメディアやそのための技術の普及が強く求められるようになっている。こうした時代には、創造を育む環境として、舞台技術、劇場技術の分野においても、市民、アーティスト、そして場合によっては世界に向けて、新しい開かれたコミュニケーションの在り方を構築しなければならない。そのためには公立文化施設の舞台技術者、舞台管理者は、受け身の姿勢にとどまっていてはいけないのである。多様な舞台技術、舞台管理サービスの在り方を自らが切り開いてゆかなければならないのである。特に、プログラム提供型機関としての公立文化施設においては、プロダクションマネージャーの確立はその方向を推進する大事な事柄である。

  1. 齋藤譲一、創造を支える劇場技術者、新評論、2009年
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