芸術監督の部屋 第3部:プログラム提供型機関を作る

3-8 アーカイブ機能により地域文化の継続と紡ぎだしの核となる

公会堂から始まり、今日、市民会館、文化会館等とよばれるようになった公立文化施設は、時には、箱物行政と批判的に語られる。しかし、筆者は、少し立場を異にしている。本著をとおして、貸館に軸足を置いてきた公立文化会館は、今後プログラム提供型のインスティテュートとして転換するべき時に来ていると考えているものの、これまでの公立文化施設を否定的に取り扱っているわけではない。むしろ、日本の公立文化会館の制度は、他国には珍しい、誇るべき日本の文化装置である、そしてあり続けていると考えている。1日、1席当たり100円から数百円でだれもが借りることができるホールが各地に2000館以上もそろっている状況は、各地の市民の文化芸術活動の発展をどれほど後押ししてきたか、それははっきりと認識しておかなければならない。日本舞踊、琴、三味線などの伝統芸能の各地への広がり、ピアノやバイオリン、フルートなどの教室から市民合唱団、市民オーケストラ、第九の会などの発表会の盛り上がり、バレエやモダンダンスなどの普及などは、公立文化施設の存在をなくしては語ることができないだろう。

しかし、残念なのは、公立文化施設が、このような地域の文化芸術の歴史や継承、発展に無関心でありすぎるということである。2-5章において、広がらない利用者同士の交流を指摘したが、同時に、公立文化施設のホームページ等へ、施設の設立に至った経緯や、設立後の活動実績の記載がほとんどなされていないことは反省しなければならない。それは岡崎市民会館も例外ではなく、今後、改善していかなくてはならない課題であると考えている。

公立文化施設の記録の積み重ね、アーカイブ機能については、これまでの文化政策、文化行政関連の文献ではほとんど取り上げられていない。唯一、それが重要な観点であると指摘しているのが、新藤浩伸である。彼は「文化政策の現在3」第12章「都市の記憶、生活の記憶の場所」という論考において、「資料ではなく意図の活動を基盤とする公共ホールも、活動の蓄積により地域の歴史が刻まれる拠点「記憶の場所」となりうるはずなのに、催事の蓄積が重要視されることはあまりないのが実態ではないだろうか。i」と課題化する。そして、対象となる資料を例示iiし、その効果を「館自体についての情報の掘り起こしが進むだけでなく、館の置かれた都市や地域の中で多世代が集まる文化的・歴史的な場を、住民自身の手により作るという可能性も生まれる。iii」と指摘する。そして、特に重要なことは、「専門家だけでなく、各都市の住民がアーカイブの編み手になってゆくことが望まれる。iv」とまとめている。これはまさに、日比谷公会堂の活動をまとめ上げたv新藤にしかできない提言である。

本書では、これからの公立文化施設は「公共圏の涵養と社会包摂機能の充実を共通の目標」として掲げるべきと指摘したが、公共圏の形成と涵養には、まさに新藤が指摘する、市民自身が参加して構築するアーカイブが大きな役割を示すと考える。筆者が岡崎市民会館の芸術監督として就任して、最初に始めたのは、岡崎市民会館のこれまでの活動を振り返ることであった。しかし、残念なことに、市民会館の経営主体が行政、指定管理者と変遷する中で、50年間の活動の歴史を紐解ける利用台帳などがほとんど残されていなかった。これは反省をしなければならいことである。ただ、救いになったのは、かつての行政職員が個人的に開館当時の新聞記事をスクラップにして保存してくれていたことである。それによって、開館当時の岡崎市民会館がどれだけ市民の期待を膨らませていたか、今でも鮮明に把握することができる。それでは今後どのようなアーカイブの構築が必要であるか。それについては、行政の理解を得つつ、少し時間をかけて検討してゆかなければならないだろう。新しい試みとしては、「岡崎市民芸術文化活動データベース ARTNET-OKAZAKI」を立ち上げた。それは、岡崎を拠点に活動するアーティストや文化芸術団体の活動について、それぞれの情報を提供してもらい、一つのデータベースとして市民に提供しようとする試みである。まだ、市民の間で認知され、展開する速度は遅いが、活動記録が毎年蓄積されてゆけば、岡崎市民の文化芸術の足跡を記録するアーカイブとして成長する可能性がある。

岡崎市民会館の情報蓄積の課題を示したが、このような状況にあるのは岡崎市民会館ばかりではないだろう。今日、公立文化施設がホームページを開設するのは当たり前のことになっているが、多くの施設は、現在、そしてこれから行われる公演情報や貸館情報などが中心に記載され、施設設立の経緯やこれまでの市民活動や公演の情報が蓄積、開示される工夫をしているところは非常に少ない。先端的な事例を挙げておきたい。それは可児市文化創造センターである。そのホームページには、資料ダウンロードの項目があり、開館前に作成された基本構想、基本計画に始まり、市民参加による計画づくりの詳細記録、過去の「まち元気プロジェクト」の詳細、文化芸術創造性活用の効果検証調査業務報告書、過去の貸借対照表など、様々な記録が開示されている。こうした姿勢がまちの文化記憶装置としての機能を公立文化施設に付与し、それらの活動を踏まえた新しい文化の創造と継承に大きく寄与することになると思うのである。

最後に、文化の記録・記憶装置としての公立文化施設を見た場合の指定管理者制度の課題について述べておきたい。現在多くの公立文化施設が指定管理者制度を使って、年限を限った公募方式の指定管理者によって運営されている。硬直化しやすく、単年度主義の行政システムの弊害を避け、民営による柔軟で合理的な運営を求めて、指定管理者制度が選ばれているが、多くの行政においては、単に予算の圧縮のために民営化を図っているようにも見受けられる。指定管理者の選考に先立って示される要求水準書には、期待されるべき事業のビジョンが描かれ、それに対応する適切な財政措置が行われてこそ、民間の能力が十分に発揮されるのだが、実際は、それまで直営で行われていた当時の予算の8割といった減額を想定したうえでの指定管理者制定になっているのが現状ではないだろうか。主体的な自主事業を実施する予算も期待される活動を保証できるような水準で想定されることは少ない。このような状態では、請け負った民間企業はより安い賃金で職員を採用することや赤字を出さない儲かる自主事業を行うことに注力することになり、地域の文化芸術情報を収集、蓄積するアーカイブ事業や文化芸術団体やアーティストの活動を支援するコーディネート事業など、職員に負担をかけるが直接的収入を生み出さない事業は後回しにされてしまう。これからの公立文化施設はむしろ、こうした地域文化の掘り起こし、継承、発展に寄与する地道な活動を展開することで、地域文化の公共圏の形成や社会包摂活動を担ってゆく必要がある。このような地道な、しかし、継続的に着実に歩んでゆく必要のある事業には、3年、5年といった短期での契約更新が前提となる公募型の指定管理者制度はそぐわないと思う。あえて、公募型の指定管理者制度を採用するのであれば、指定管理者が更新されてもアーカイブ事業のような事業が継承されてゆく仕組みを意図的に構築しなければならないだろう。アーカイブ機能は長い継続性を必要とするプログラム提供型機関の心臓部であると理解したい。

  1. 新藤浩伸、文化政策の現在3 文化政策の展望、第12章 都市の記憶、生活の記憶の場所、東京大学出版会、2018年、p.221
  2. 同上、p.235
  3. 同上、p.236
  4. 同上、p.283
  5. 新藤浩伸、公会堂と民衆の近代―歴史が演出された舞台空間、東京大学出版会、2014年
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