芸術監督の部屋 第3部:プログラム提供型機関を作る

3-3 コモンズと公共圏

筆者が1999年にまとめた「21世紀の地域劇場」iは、それまでの公立文化施設にかかる展開と当時の最新の情報を提供するものであった。その時の中心的な考え方は、公立文化施設における公共圏形成であった。その後、20年を経過して、公立文化施設に関する研究も進化している。特に、その後の展開を俯瞰的、理論的に描き出している著作は、藤野一夫編による「公共文化施設の公共性-運営・連携・哲学」iiと小林真理編による「文化政策の現在3 文化政策の展望」であろう。前者は、本書の後半の通奏低音となっている公立文化施設のインスティテュート化についての理論的骨格となる考え方を提出したもので、公立文化施設変革のもう一人の旗手であり、公立文化施設の社会包摂への展開について積極的に理論展開をしている可児市文化創造センター館長の衛紀生とともに、現時点で、最も鮮明にこれからの公立文化施設の在り方を提示している。

ここで特に紹介したいのは、後者、「文化政策の現在3 文化政策の展望」に登場してくる概念である「文化的コモンズ」である。「文化政策の現在3」は、二つの震災、すなわち阪神淡路大震災と東日本大震災を経ることで変化した公立文化施設へのまなざしについて大きく取り上げている。この二つの大震災を経て公立文化施設がたどり着いた地平として、文化的コモンズの形成に着目している。大震災のような非常時を経ることで、地域の人々は、公立文化施設に、皆が集まることができる居場所を求めた。著者の一人、大澤寅雄は第14章「二つの震災を節目とした文化と社会の関係性の変化」において、彼がまとめに関連した一般財団法人地域創造の調査研究iiiを引用して、「文化施設の根本的な存在意義とは「文化的な繋がりを求めて人々が集まれる場所」だと考え、調査研究の提言では、地域の共同体のだれもが自由に参加できる入会地のような文化的営みの総体を「文化的コモンズ」と表し、公立文化施設には文化的コモンズの形成に資する活動を展開してゆくことを求めている。iv」と述べている。「地域の共同体のだれもが自由に参加できる入会地のような文化的営みの総体」を形成することは、本書で考察しているように地域の「参加型アクションを紡ぎだす」こととほぼ同義である。これからの公立文化施設は単に専門的な施設として閉じた活動をしていればいいのではなく、地域の人々が積極的に参加したいと思うようなアクションを開かれた環境から生み出し、人々の文化的居場所を作ることではないだろうか。ここでいう居場所とは、建築計画や都市計画の分野で良く展開される「サードプレイス」vという考え方である。それは、自宅とか職場とかとは異なるが、人々が心地よく感じる第3の場所のことであり、広場とか公園のような場所のことである。1-14章「パブリックスペースの変革」において指摘したように、新しく計画される公立文化施設の共通スペースが単なる室のつなぎ空間ではなく、そこで多様な活動が生み出される広場のようでありたいとする考え方は、このサードスペースの考え方から生み出されている。

このように、新しい公立文化施設の理論は、公立文化施設は文化芸術の創造や鑑賞の専門的な核であるだけではなく、地域のすべての人々を引き付ける魅力ある居心地の良い共有の場所であることが必要であると提案している。公立文化施設に期待される開かれや市民参加、そして公共圏の形成という考え方も大きくは同じ方向を向いているといえるだろう。これからは、そうした考え方が実現できるようなインスティテュートとして形を地方自治体がつくる公立文化施設の設置条例に反映し、さらに運営形態、組織形態、事業形態のふさわしい在り方を作り上げてゆくことが求められているのである。

さて、ここで、一つ注意しなければならないことを述べておきたい。それは「コモンズ」という言葉に潜む閉鎖性への誘惑である。地域に「コモンズ」という地域の人々がだれでも参加できるコミュニケーションの場を作ることは大切であり、公立文化施設はその核となるべきものであるが、その際、共同体として、その外側と中側を作ることは極力避けなければならない。コモンズという用語は、「ゆい」や「もやい」、あるいは入会地などのシステムを連想する言葉であり、その中に囲まれた人々にとっては開放的な仕組みであるが、その外側にある人々にとっては入りがたい閉鎖性のある仕組みとなる可能性も意識しておかなければならない。山野で近隣自治体との隔たりがあり、コミュニティとしてのまとまりが基礎自治体とほぼ一致している中小都市や農村部においては、公立文化施設を利用する共同体の範囲が基礎自治体とほぼ重なっているため、その枠外に対する疎外は発生しにくい。しかし、大都市圏、例えば東京圏、京阪神圏、名古屋圏、北九州圏などのように、いくつもの都市が隣接し、それぞれが公立文化施設を運営している場合を考えてみよう。そうした都市の公立文化施設では、税金を払っている地域住民と近隣市町村から利用に来る人々とが同じ料金でいいのか。地域住民には利用料金の割引を考えろ、あるいは、地域住民の優先利用を考えろという主張が常に提出される。筆者が運営のアドバイスにかかわっている自治体においては、そうした議論がうまれたときには、「その住民は、隣の文化施設を利用する時は優先利用などでの疎外を受けていないのではないでしょうか。お互いに広い心で対応することが大切ですよ。」と申し上げており、できるだけ広い考え方をとってもらうようにお願いしている。文化ボランティアなどの参加についても、大都市圏では近隣他市からの参加者も多い。こうした地域では、狭いコモンズの考え方を作っては、本来の狙いと異なる方向に運営が向いてしまうこともある。本書で考察の中心としている公共圏形成という考え方は、基本的に批判精神にもとづいた公論の場を基盤とするものであり、囲い込みの空間ではないことを明示しておきたい。

  1. 清水裕之、21世紀の地域劇場、前掲
  2. 藤野一夫編、公共文化施設の公共性-運営・連携・哲学、前掲
  3. 財団法人地域創造、災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究報告書 -文化的コモンズの形成に向けて、2014年3月
  4. 大澤寅雄、第14章 二つの震災を節目とした文化と社会の関係性の変化、小林真理編、文化政策の現在3 文化政策の展望、p.277、2018年
  5. レイ・オルデンバーグ他、サードプレイス-コミュニティの核になる「飛び切り居心地よい場所」、日本語訳、みすず書房、2013年
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