芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-22 共益から公益への転換とアーツカウンシル

上記に見るように、今日の国の助成は、その戦略性を明確にしつつ、かなりうまく整備されてきている。言うなれば、縦糸は丁寧に、わかりやすく構築されいると言えるだろう。そこで、地方自治体(特に基礎自治体)や公立文化施設がその助成システムを有効に生かすためには、活動の根拠になるミッションを明確にし、それぞれの個別の事業の大きな目標を立てる事で、助成システムにしっかりとした横糸を通すことが求められるようになったのではないだろうか。

戦略的に構築された公的助成の枠組み、審査制度の公開性、透明性の確保と事業評価制度の進展、これらに対応するためには、受け手側の助成を受ける意図の明確化や達成目標の設定が重要になってくる。しかし、国の文化政策の進展に比べ、地域の文化政策の枠組みは、変化が遅れている。一つは、私的な性格が強い文化芸術活動への支援と評価の枠組みが芸術文化振興基金の枠組みに比べて弱いことである。特に長く続く、文化芸術団体の連合組織を介する迂回型の助成の継続である。共益型の文化芸術団体の組織化とその既得権益の保証が無反省のまま継続されている。かつては地域における文化芸術団体の共益性がほぼ公益性と等しい枠組みであったために、文化芸術団体の連合組織への公的助成には意味があった。しかし、地域の文化活動が多様化し、様々なジャンルがかかわるようになると、文化芸術団体連合組織の枠組みが相対的に縮小されてゆく。また、若者たちには、SNSなどの情報ネットワークの変化などにより、文化芸術団体の組織化に対する意味が理解されにくくなっている。こうした環境下では、文化芸術団体の連合組織自体も、その活動の意味を共益性から公益性を尊重する方向に変わるべきではないだろうか。

すでに、全国規模の文化芸術団体は公益社団法人日本芸能実演家団体協議会、一般社団法人公立文化施設協会、一般社団法人日本劇場技術者連盟、公益法人日本劇団協議会など多くがすでに公益活動を重視するように転換している。今日では、公益性を意識しなければどんどん活動の幅が狭まってしまうことを理解している。しかし、各地の文化芸術団体は、残念ながら、共益性の中にとどまることが多く、その社会的基盤をどんどん縮小している。いわゆるハイアートや伝統芸能などを中心に結成されたかつての文化芸術活動のジャンルは、現在、より多様化しているが、ポップス、コンテンポラリーダンスなどをはじめ、新しいジャンルの参加率は低い。新しい文化芸術ジャンルにとっては、参加すると会合などの頻度が増えたり、共益型の共同作業の負担が増えたりする割に、得るメリットは少ない。若い人々は基本的に群れることを嫌う傾向もある。そうするとどうなるか。もともと共益型であった組織が、地域の文化芸術活動のジャンルの参加割合が低くなれば、社会的な存在感も低下し、団体の既得権益と公益性の間の矛盾が大きくなる。また、国等の助成金が、戦略的になり、達成度目標を明確にすればするほど、共益性の強い団体からの申請は受理されにくくなる。共益的な文化団体の組織の再編が期待されているのではないか。それは、構成団体にサービスする共益的な仕組みから、組織の外側にある地域社会に対する公益的サービスを主体とする公益性の強い機関への変換であるのではないか。

こうした事情の中で、浮上しているのが、地域版アーツカウンシルのような公益的な仕組みの導入である。アーツカウンシルに対する注目は1990年代の後半から徐々に高まってゆく。

アーツカウンシルは戦後イギリスで生まれた仕組みである。アームスレングスは、利害関係などにある二つの組織が、ある一定の距離を保つという意味であり、文化政策の分野では、政府と一定の距離を保つ専門的組織の設置によって、政府が文化政策に過度な影響を与えないようにすることであり、イギリスは、第2次世界世界大戦下に芸術が政治的に利用されたことへの反省として、戦後、芸術に対する公的助成を行う上で、その距離感を保つための機構としてアーツカウンシルを設定した。初代代表はジョン・メイナード・ケインズである。我が国の舞台芸術活動は主として民間の活動で成り立っており、フランスやドイツ語圏の国々のように国が直接文化芸術創造組織(劇場等)に支援をするモデルよりは、民間の芸術活動が強い伝統をもっていたイギリスの文化政策に親近感をもっていた。すでに考察したように、我が国の文化政策も60年代から90年代にかけて大きく進展し、アーツプラン21、文化芸術創造プランによって、総合性、戦略性を獲得するようになった。そうした進展の中で、助成に対する評価システムなどの在り方が議論されるようになり、助成する側と助成される側が一定の距離感を保つことで、芸術の自立性を担保する仕組みの導入が期待されるようになったのである。我が国のアーツカウンシル設置への期待感は、このような動きの中で始まった。

吉本光弘は、「文化芸術活動への助成にかかる新たな審査・評価に関する調査研究会」報告書iにおいて、「事業仕分けの場面で、助成事業の成果をしっかりとアピールできなかったという反省から、審査や事業評価、調査研究を強化して助成の成果を的確に把握するため、諸外国のアーツカウンシルに相当する仕組みを導入すべきだという結論に至った」と経緯を語り、また、調査研究会では、「日本のアーツカウンシル全体のビジョンやあるべき姿,行うべき施策や事業,整えるべき組織体制等に関する議論は,残念なことに部会ではほとんど行われなかったのが実情」とも指摘し、日本でアーツカウンシルへの期待感において、次のような項目を挙げているii。それは、審査・評価を媒介にした芸術団体等とのパートナーシップ、助成プログラムの戦略的構築と再編、パイロット事業の試行から本格的施策への展開、時代の変化を見据えたビジョンの構築とそれを支えるシンクタンク機能である。アーツプラン21以後、文化政策は、大きなビジョンを描きつつ、プロジェクトの設定、事業の公募、選考において、戦略的に展開するようになってはいるが、まだそれは変革半ばであり、さらにその戦略性と展開性を発展させるべきであり、そのための仕組みとして日本版アーツカウンシルを整備すべきという考え方である。筆者も文化政策を戦略的に考えて、その実現のための仕組みを構築するという方向性は今日的な流れであると思う。しかし、ここで、アーツカウンシルのような機構を地域に展開する意味について、もう少し付け加えておきたいことがある。それは、文化芸術の本質的価値論と社会的・経済的価値論とのせめぎあいと文化芸術の公益性、公共性への視点である。文化芸術基本法の下で、2018年に策定された「文化芸術推進基本計画」には、文化芸術の価値として、本質的価値と社会的・経済的価値が併記されている。本質的価値としては、「豊かな人間性を涵養し、創造力と完成を育む等、人間が人間らしく生きるための糧」であり、「自己認識の起点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるもの」と規定され、社会的・経済的価値としては、「他者を共感しあう心を通じて意思疎通を密なものとし、人間相互の理解を促進する等、個々人がともに生きる地域社会の基盤を形成し」、「新たな需要や高い付加価値を生み出し、質の高い経済活動を実現するもの」、「人間尊重の価値観に基づく人類の真の発展に貢献するもの」であり、「文化の多様性を維持し、世界平和の礎となるもの」としている。文化芸術への支援は、この二つの価値に対して、将来のより良い展開を目指して戦略的、包括的に行うように展開されるのである。ところが、評価になると、本質的価値から判断することは極めて難しい。あらゆる文化芸術が、その価値を共有し、多様なアプローチはあるものの、その優位性を戦略的に判断することは難しいからである。文化芸術が社会にとって、どの様な役割を担うのか、それは現在の社会環境の中でどのような側面をもって戦略的に投資をすべきかという判断は、本質的価値論に基づく判断よりはわかりやすく設定できる。評価も社会的・経済的指標を適用しやすい。文化庁や地域創造の助成プログラムは、内容を見ると、社会的・経済的価値を求める内容が多くなっているように思われる。特に、現在、社会包摂と呼ばれる領域、すなわち、あらゆる人々が、他者との違いを理解しながら、多様性を保持し、等しく生きることができる社会を、文化芸術活動を通して実現させようとする考え方は、今日の社会の最も深い課題を解決することに文化芸術が大きな役割を果たすという考え方で、社会的・経済価値論の深い理解である。これに対して本質的価値論による助成は、「良いものは良い」というようなあいまいさで、判断基準を棚上げしがちになる。筆者は、本質的価値に対する助成や支援も重要であるが、本質的な価値に対する支援や評価は、客観化することは難しいため、選考プロセスや評価プロセスにおける審査委員の個人的価値観を公開の場に引き出すことで、公共性を獲得させるという荒業を使う以外に難しいと考えている。文化施設の芸術監督の意味も、この個人的価値の公開による公共化に最も大きな価値があると考えているのと、同様の考え方である。つまり、数値化したり、客観化したりできるのは社会的、経済価値が中心であり、本質的価値については、その選定をした個人、あるいはグループを公開することで、個人が判断した本質的価値を評価の公開性のシステムの中で誰もがその判断の正当性を理解したり、批判したりできるようにすることで、選定の妥当性を確認することができるようになっていることが大切だと考えたい。

今、ここで、公共性という言葉を持ち出したが、アーツカウンシルの持つ意味として、この公共性への視点を忘れてはいけない。片山泰輔は「みんなで考える地域の”アーツカウンシル“」の基調講演iiiにおいて、「文化芸術振興基本法」が制定され、文化権が明文化されることで、「文化や芸術は、創造性の促進や、多様性の理解による共生社会の実現、さらには世界平和、そして国際化が進む中での自己認識の起点、つまり地域アイデンティティの源として重要な役割を果たすということで、個人の趣味や娯楽という私益に留まるものではなく、全ての人々の幸福に関わる公益ということがこの法律で意識されました。」と指摘されている。すなわちすべての人々の幸福にかかわる公益の価値ゆえに、公的支援の枠組みをうける資質を持つものであり、そこにこそ、公共性があるということを理解する言説である。地域のアーツカウンシルは、ここに原点があると理解することはできないだろうか。
このような見方をすると、これまでの地域の文化芸術関連助成は、だれがどのように評価しているのか、判断が不透明であったり、あるいは、かつての枠組みを踏襲し、共益性の強い団体経由のばらまき助成がいまだに存在したりしていると言わざるを得ない。アーツカウンシル期待論は、単に、より、戦略的、統合的な文化政策を展開するためだけではなく、地域の文化活動に対する助成の透明性を高め、公益性、公共性を強く意識した選択と評価の枠組みに転換するための仕組みであると言えるのではないだろうか。筆者は、今日の日本の舞台芸術創造は東京圏への極度の一極集中が進んでおり、今後は、地域の舞台芸術創造環境を文化的にも、経済的にも、人材的にも充実するべきであり、地域中心に様々な文化政策を展開すべきであると考えている。そのためには、地域の文化基盤としての、文化協会等の文化連合団体の価値は高いと考えている。しかし、これからの地域が、より多様で、かつ、だれもが互いの違いを理解しつつ、等しく暮らすことができるような社会の実現のためには、文化芸術を通した公共性への理解が一層必要になるのであり、そのためには、既存文化関連組織は意識的に、公共性、公益性への視点を強化させるべきであり、地域の文化政策は、その強化への道筋を考えるべきではないかと考えている。

  1. 文化芸術活動への助成に係る審査・評価に関する調査研究会、文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書)、平成23年6月
  2. 吉本光弘、芸術文化のさらなる振興に向けた戦略と革新を―新生「日本アーツカウンシル」への期待、文化庁月報、平成23年10月号(No.517)
  3. 片山泰輔、基調講演「地域の文化施策推進体制構築のためのフォーラム」報告書、みんなで考える地域の“アーツカウンシル”、地域の文化施策推進体制構築のためのFORUM2019、文化庁、https://www.chiikiglocal.go.jp/forum/report.pdf、 accessed 2020.7.7
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