芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-14 アウトリーチ、ワークショップなどの教育・普及プログラムの展開と課題

鑑賞型のプログラムに対して、近年、アウトリーチと呼ばれる教育・普及プログラムが注目を浴びるようになった。アウトリーチとは「コミュニティの特定のセグメントに関して、従来の制約を超えてサービスを提供する体系的な試み」i、「現在の、または通常の制限を超えるサービスあるいは支援の拡張」ii、あるいは「サービスや情報を人々が日常的に暮らす場所に届ける努力」iiiと定義されている。文化芸術の領域ばかりではなく、医療、福祉など様々な分野で使われている用語である。

文化芸術の分野で、アウトリーチが注目されるようになったのは、文化芸術は社会にとって大きな意味があると考えらえているにもかかわらず、実際に何らかの文化芸術に親しむ人口の割合は多くない、あるいは、高学歴、高収入の人々に偏っているという現実が指摘されるようになり、文化政策の分野では、その偏りを何とか是正できないかと考える機運が強くなったことがある。また、アーチストを含めて文化芸術に何らか積極的にかかわる人々は、かれらの成長期に何らかの形で文化芸術に親しむ環境があったと考える人が多いことにもよる。こうしたことから、劇場・音楽堂に来る、あるいは自ら楽器演奏や、ダンス、演劇を楽しむ可能性を、できるだけ早い時期に子供たちに提供したい、そのためには、劇場・音楽堂等は、将来の観客や利用者を開発するために、小学校や、中学校に積極的に出向き、演劇や音楽の楽しみや面白さに気づいてもらうような活動をアウトリーチ活動として展開するようになった。

また、社会包摂の観点からは、劇場・音楽堂等に通うことのできるのは健常者が中心であり、様々な障害や高齢のため、劇場へ通うことが困難な人々に、むしろ、文化芸術をデリバリ―することが大事であると考える行政や劇場・音楽堂の企画担当者が増えたことも、アウトリーチが増えた理由でもある。福祉・医療の分野でも、文化芸術の癒しの効果をアートセラピー(芸術療法)ivとして認識し、文化芸術のアウトリーチを積極的に受け入れる体制も拡大している。

愛知県芸術劇場が名古屋芸術大学と協力して行った調査研究vによると、愛知県内の公立文化施設対象61館のうち、約半数の30館が音楽のアウトリーチをしていると回答している。アウトリーチの実施場所として多いのは、学校等の教育分野で25館、高齢者施設等の福祉分野が10館、病院等の医療分野が9館、商業施設等のオープンスペースが7館であった。これらアウトリーチを行っている根拠は、当該施設にかかる行政の文化振興計画(プラン)の記載、指定管理者業務としての指示、施設の設置目的や設立趣旨に含むというように、アウトリーチの根拠が上位の行政理解に従っていることが分かる。つまり、アウトリーチは、公立文化施設が公的機関として行わなくてはならない使命のひとつと理解されるようになっている現状を見ることができる。また、アウトリーチの実施意図として、無関心層開拓、将来の観客育成を強く意識していることもうかがうことができた。

上記は愛知県内のデータであり、また、音楽アウトリーチに限った調査であるので、全国の舞台芸術全体にそのまま当てはめるのは難しいと思われるが、いくつかの課題もうかがうことができる。一つは、実施回数である。調査によると、アウトリーチの実施回数は、それほど多くはなく、半数程度が10回以内、20回以内まで含むと全体の3/4施設であった。また、アウトリーチにかかわる職員の数は一人ないし二人が圧倒的に多い。多くの施設では、企画系職員はアウトリーチのみならず、公演企画など、ほかの業務を兼務していると考えられ、1施設でサービスするアウトリーチの対象者はそれほど多くないと推定される。通常、アウトリーチでは100人など、多くの参加者を集めることは、その手法からもコミュニケーション面からも難しく、多くて1度に、1クラス、つまり40人~50人程度が限度と考えられる。小学校のアウトリーチを例に考えてみよう。年間10回のアウトリーチでは学校で10クラス、400人から500人が限度と推定されるので、多くの自治体の子供の数を、例えば、1学年の生徒数をすべてのクラスで体系的に網羅するような数値ではない。しかし、実際には、学校とのアウトリーチを実施するためには、教育委員会、校長や担当教師との調整、アーチストとの調整など、様々な調整が必要であり、一人の担当者が年間行うことができる事業数は限られてくるだろう。おそらく、月1回の実施でさえ、相当の労力を要するものを思われる。医療施設、福祉施設とのアウトリーチでも同様の企画遂行の困難さが予想される。

つまり、アウトリーチを体系的に実施するためには、例えば、ある行政の小学校、中学校のどこかの学年全体への実施、あるいは行政内の医療、福祉施設への体系的な実施にたいしては、現在の公立文化施設の職員配置では、実質的に施行不可能である。すなわち、アウトリーチの立場に立った体系的な計画にはスタッフの充実が求められ、大きな人口を抱える自治体では、専門の機関の設置が必要になるといえる。また、アウトリーチには、アーチストの側にも、演奏や実演の能力以外に、コミュニケーションなど専門のスキルが要請され、どんなアーチストでもすぐにアウトリーチができるというわけでない。多くのアウトリーチでは若いアーチストが現場を踏みつつ、そのスキルを身に着けているようである。しかし、多くのプログラムを体系的に整えるためには、アーチストに対するアウトリーチ研修などが不可欠になるだろう。そうした仕組みもまだ、整っていない。

最後に、教育・普及的な視点、あるいは障害者、高齢者、社会的弱者への視点としてのアウトリーチが展開されるようになった背景を突き詰めてゆくと、最終的には、現在の公立文化施設が、果たして、すべての市民、すべての住民のための施設として機能しているのか、すべての人々に届くようなアクティビティを提供しているのだろうかという疑問に行き着く。この問いに答えるような解答を筆者は持ち合わせていない。しかし、常に、この「本当に公立文化施設はすべてに人々のための施設になっているのか」という問いに向けて、日々活動を反省しつつ、かけている部分を発見しつつ、新しい展開をしてゆかなければならいと考えている。アウトリーチやワークショップは、その問いを埋めるための重要な触覚器官である。

  1. The Free Dictionary, https://www.thefreedictionary.com/outreach
  2. Merriam-Webster, https://www.merriam-webster.com/dictionary/outreach
  3. Cambridge Dictionary, https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/outreach
  4. 日本芸術療法学会、http://www.jspea.org/、accessed 2020.06
  5. 愛知県内における文化芸術の普及系勝に関する調査研究 -小中学校への音楽アウトリーチを例に-、愛知県芸術劇場、2019年3月
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