芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-11 自主事業という用語からプログラム提供事業という用語への転換

公立文化施設を利用するものにとっては、本来、そこで行われる事業は、行政が実施するものか、民間が実施するものかなどの区別は意味がない。意味があるのは、それが自分にとって価値があるかどうか、見に行きたい、あるいは参加したい事業であるかどうかということである。最終的にお客さんの手元にチケットが届くまでに、だれが企画し、誰が、どの様に実施するのかは、事業実施に関与する組織や企業には重要である。しかし、事業に対する最終評価は、その事業が社会にどんな意味があったのか、だれがどのように喜んだのか、どのようなインパクトを与えたか、という成果の質によっても判断されるべきものであろう。そして、その成果の在り方によって、それが民間でやった方が効果的であったのか、あるいは行政、あるいはNPO等が行った方が効果的であったのかということが連動して評価されるべきなのである。指定管理者の「自主事業」が黒字になって、その黒字を会社の利潤として留保したとか、「自主事業」をやるぐらいなら、本来の業務をしっかりやれというような、行政の指示があるとすると、それは本来の自主事業発展の経緯を無視するマイナス発想と言わざるを得ない。

しかし、今、これ以上、「自主事業」の意味の矮小化に付き合うことは、議論の発展性をなくす。そこで、本論では、これからの自主事業の在り方を考えるにあたって、過去の自主事業を反省するとき以外は、自主事業という用語をできるだけ使わないように考えたい。

貸館事業に相対する言葉として自主事業という用語が生まれた経緯を考えて、将来の公立文化施設の事業の在り方を考える場合は「貸館事業」に対して、本論の冒頭でも用いた「プログラム提供事業」という言葉を当てたいと思う。

プログラム提供事業とは、単に空間を貸すのではなく、公立文化施設が、ある目的をもって設定された「機関」として一人一人の地域住民に対して、拒否や差別を受けることなく何かの形で参加することができるプログラムを作り、それを主体的に提供する事業である。鑑賞型の公演もワークショップもアウトリーチも、今行われている様々な企画がこのプログラムには含まれる。そして、その実施主体が行政であろうが、NPOであろうが、指定管理者であろうが、民間企業であろうが、公共の福祉に対応するものであれば、問わないものとする。

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