芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-10 「自主事業」という用語をめぐる混乱

指定管理者導入後、「自主事業」という言葉の意味が変遷し、公立文化施設の運営に混乱をきたしている。本来、公立文化施設の自主事業は貸館事業に対して、施設が地域住民に積極的に鑑賞プログラムや教育プログラム等を制作、提供する事業を指した。ところが、指定管理者制度によって、「自主事業」は、指定管理の協定書に基づく事業以外に、指定管理者が独自に行なうことができる事業iという解釈が生まれ、大きな混乱が生じた。

行政が民間指定管理者との関連の中で、「行政が協定書に基づいて実施を支持する事業」とさらにその枠を超えて民間努力により、指定管理者の裁量で行政の指示を超えて独自に追加する事業を「自主事業」と区別することは、行政上の仕切り以外に、市民への説明として、いったい何の意味があるのだろうか。多くの行政は、指定管理業務の中心を貸館業務に設定している。そして、鑑賞プログラムや教育プログラムなどの事業費を指定管理料に含めているケースは少ない。しかし、その貸館業務中心でありながらも、民間の企業努力ということで、何か付加価値を事業提案でやってほしいと考え、それを自主事業と称して提案させるということが発生している。ただ乗りの自主事業要請である。

もっとも、良心的な自治体は、年間を通して鑑賞プログラムや教育プログラムなどを実施してほしいと、それに見合う事業費を指定管理料にあらかじめ含め、それに見合った事業を審査段階にて提案させる。貸館事業体制や運用体制の評価に加えて、そこに優れた提案を見出して、指定管理者を選定するという手続きが採用される。指定管理者は入場料などの事業収入をあらかじめ想定したうえで指定管理期間の数年間の事業プログラムを構築する。しかし、公立文化施設の鑑賞型プログラムの多くは買取公演である。買取公演の場合、相手方のプロモーター、舞台芸術団体の都合などを含め、公演日程などの予定は早めに立てる必要があるものの、事業費を含め内容が確定するのは、公演ぎりぎりの段階になる。時に相手の都合でキャンセルさえ発生する。事業費の折り合いがつかない場合もあろう。また、最終的に観客の入りがわるく想定した負担を大きく上回ることもある。もちろん反対に予想以上の収入を得ることもある。指定管理者はこうしたリスクをあらかじめ予想し、弾力性のあるプログラムを作っておきたい。考え方にもよるが、黒字になることが難しい事業は指定管理料の事業費枠からの負担を想定し、指定管理協定書に含まない、いわゆる指定管理契約における「自主事業」として、黒字を想定できる事業を計画し、結果としての事業成果をよく見せようという意図さえ働く。これに対して、自治体は、指定管理協定書にない「自主事業」で黒字を出して収益を得ることは行政が設置した公立文化施設を運営する立場としてはおかしいと、黒字になることを否定する立場をとることもある。この混乱の原因の一つは公益性を担う施設運営で民間経営では当たり前の利潤をえることを否定する行政の体質と、事業の質を下げて、あるいは本当はやらなければならない管理業務をないがしろにして、公的施設を使って民間企業の利潤追求に走っているのではないかという懐疑心である。もし、こうしたことを懸念するのであれば、指定管理制度などを利用しないで、直営で事業を行えばよい。もう一つは、指定管理者の業務評価において、実施される事業の質やその社会的効果を評価することができないで、外形的な事業収支や観客動員数だけで評価しようとする体質も課題として指摘されなければならない。また、あえて協定書に書かれた事業とそれ以外の自主事業を分けて考える必然性はどこにあるのか。協定書に対応して年度初めに作る実施計画は不確定要素が多い計画であり、計画の進展にともなって、あらかじめ計画した事業だけではなく、計画したが実施できない事業が生じたり、それに対応させるように計画していなかったが新たに必要に応じて追加したい事業が生まれたりする。それを総合的に判断して年間の事業の成果を判断すればいいのである。実施が未確定な段階で協定書に書かれた事業とそうでない自主事業を分けるのは、行政内部の手続き論上の意味があるとはいえ、本質的に事業の質に差はない上に、市民にその違いを説明することは難しく意味もない。指定管理者に発注する場合には、すでに指定管理者を選定した段階で、事業遂行能力も評価したうえで選定しているのであるから、指定管理者の裁量を許容し、指定管理期間の事業計画はできるだけ指定管理者の裁量にゆだねるべきである。もし仮に指定管理者が当初の事業計画通りの活動をしていない場合は、選定委員会を開催し、事業評価をしっかり行えばいいのではないだろうか。筆者は、市民へ事業を提供する側として、単に行政上の都合のみによる指定管理業務の指定事業と自主事業の無意味な仕分けに異を唱えざるを得ない。

本来、自主事業は、貸館事業では地域の文化サービスに対応しきれないという公立文化施設の長い年月の経験から導き出された形態であり、定着した用語である。そして、多くが、自らの地域で、自らの力で制作を行うことが難しいので、すでにどこかで出来上がった作品、あるいは、これから作ろうとしている作品の観賞場所を提供するという買取型の事業を自主事業として実施するという形を創り上げたのである。それは、日本の舞台芸術制作体制がオープンシステムにもとづいたものであり、そのオープンシステムを施設提供という形で担うのが公立文化施設であるという理解でもあった。この、買取型の自主事業への反省が十分になされていない段階で、指定管理制度の導入に伴い、新しい自主事業という言葉の定義を行ってしまったことに疑問を呈さざるを得ない。

時代が流れ、単に優れた公演を地域に提供しようとする鑑賞事業だけでは、鑑賞者が高学歴、高収入の観客に偏り、文化芸術の領域における公共の福祉に十分こたえることができない、あるいは、舞台芸術を必要とする観客は、彼らの幼少時代の舞台芸術経験の有無に影響を受けるという研究結果が世界の舞台芸術研究者によって次第に明らかにされ、舞台芸術にアクセスすることを好む将来社会を構築するために、自ら出向いて観客を開発する、あるいは、社会福祉対策としてワークショップ、アウトリーチ活動のような多様なプログラムを開発するようになってきたのである。むしろ、この部分の自主事業の反省をしっかりしなければならないのではないだろうか。指定管理者制度の中で使われる自主事業はそうした大きな文脈を理解せず、単位行政と民間指定管理者の契約遂行の是非という矮小化された自主事業解釈なっている。こうした矮小化された自主事業解釈は何の未来も創造性も公立文化施設にもたらさない。

  1. 「自治体元担当者による指定管理者のためのサイト」、
    http://www.shiteikanricenter.co.jp/,acccessed 2020.06
あいち共同利用施設予約システム
近隣飲食店情報
あおい倶楽部
 

ページトップボタン