芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-9 貸館型多目的ホールはセノグラフィーの展開を殺している

日本の公立文化施設のホールを多様な使い方に対応させる多目的ホールの特徴は、音楽利用のための可動式音響反射板の設置と黒い一文字袖幕の常設である。この二つの設備は日替わりの多様な利用に対応するために生まれた。簡単な仕掛けの場合は数十分、複雑なものでも半日で、高い音響特性を有するアコースティック空間を構築できる可動音響反射板は、講演会や演劇仕様の舞台からコンサートホール仕様の舞台にあっという間に転換でき、日替わりの多目的利用には不可欠な存在となった。しかし、音響反射板を使っていないときは、それらは舞台上部に収納されることになり、本格的な大道具を舞台上部に吊ったり、照明機材を追加設置したりする場合の障害になることは劇場建築の専門家や舞台技術者の間では、よく知られている欠点である。そこで、そのマイナス面をできるだけ少なくするような技術開発が行われてきた。あるいは、あえて、演劇等に利用を特化させ、音響反射板を排する専用ホールも登場した。

しかし、黒い一文字、袖幕の常設は、世界の舞台芸術シーンにおいて、日本が特にガラパゴス状態におかれている不思議な現象である。どの公立文化施設にいっても、上手下手の奥を見切れなくするため、縦長の黒い幕(袖幕)が、舞台上部の見切れをなくすために横に長い黒い幕(一文字)が数列吊り込まれている。その後ろにいろいろな色に染めることができるホリゾントと呼ばれる幕が吊り込まれている。ほとんどの舞台は、このような基本セットのなかで上演され、だれもその存在を不思議に思わない。利用されていない場合においても、それは、そのまま設置されたままだ。

しかし、それは世界においては極めて特殊な舞台空間の作り方なのである。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、舞台の作り方とその哲学は大きな変化を遂げた。けん引したのはゴードン・クレイグやアドルフ・アッピアと呼ばれる、舞台美術を演出の本質から改革しようとしたアーチストである。それまで支配的であった2次元絵画による舞台装置を3次元の立体物や3次元の光と影の配置に置き換えた。そこで登場したのがホリゾントという概念である。3次元の舞台空間をホリゾントと呼ばれる覆いで囲い、それを照明によって均質に照らし出し、立体的に舞台を取り囲む無限性を作り出した。それ以来、舞台美術はセノグラフィーとして、空間を作り出す哲学となった。しかし、日本は、ホリゾントの考え方を矮小化し、黒い幕は見ない、見えない存在として、立体的な舞台空間を視覚芸術としてまとめ上げることを放棄してしまった。

しかし、なぜ、黒幕の袖幕、一文字がなくならないのか。それは多目的ホールの功罪が影響している。先に、全国の公立文化施設は貸館運営、日替わり上演という形で使われることを示したが、コストをかけずに最小限の人数で、巡回公演を行う舞台芸術団体にとっても、毎日舞台を入れ替えなければならない公立文化施設の職員にとっても、袖幕一文字を入れ替えずに、その中に必要最小限の舞台装置を持ち込み、背景の袖幕を複数の色で染め上げて場面転換をすることは願ったりかなったりのことだった。そして、残念ならが、舞台芸術は3次元空間を美術としてもユニークに創造する総合芸術であるという考え方が抑え込まれてしまった。舞台美術は舞台を単に説明すればいいという程度の理解に成り下がっている。そして、観客の多くも、役者見であり、積極的に「美学として」哲学的な空間理解をしようとする力をつけることなく現在にいたっている。ここでもう一度立ち止まって、舞台芸術は3次元の空間芸術、いや、時間の流れを入れると4次元の時空間総合芸術であるということを改めて見直してみなければならないと思う。

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