芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-4 難しい地域の自主制作事業と文化芸術による創造的経済の樹立

買い取り方式の鑑賞型自主事業で事業採算を合わせることの難しさを述べた。それでは、劇団や楽団の提供する作品の買取公演ではなく、公立文化施設自らオリジナルな演目を企画制作する自主制作事業1ではどうだろうか。

近年、各地の文化施設は市民参加型のミュージカルや演劇を自主事業として行うケースが増えている。この場合の採算性を考えてみよう。ミュージカルや演劇に出演者として市民を募集する参加型を導入すると出演者の費用は無償とすることが多い。しかし、作品をつくるには優れた脚本、演出、そして、舞台美術、照明、音響デザイン、近年では映像デザインが必要になる。

また、稽古場の確保にも費用がかかる。大小道具類の製作や公演当日の技術スタッフなどに支払う裏方の費用、チケットもぎり、案内など表(おもて)周りのスタッフ費用が必要になる。住民参加型の事業ということで、もぎりや案内などはボランティアスタッフで対応することもできる。また、一部の地域ではボランティアが大道具などの製作を受け持っているところもある。チケットも地域で手分けして販売し、場合によっては2回公演、3回公演を行う努力も積極的に行い、大量の動員をかける。こうしたことで、経費を圧縮すると同時に、地域の参加意識を高揚させ、大きな成功をおさめる事例を各地で見ることができる。また、こうした参加型事業は、その趣旨から国や自治体の助成金をえやすく、これも収支を改善してくれる。少なくとも制作には4,5百万円の費用が必要になり、1000人の客をあつめても、一人当たり4千円、5千円のチケット料金になってしまう。しかし、市民参加型の公演はその観客は出演者の親しい友人や親類縁者が多く、1席当たりの金額は2000円ぐらいが精一杯の価格設定だろう。やはり、構造的に赤字体質といえるだろう。

もう少し詳細に自主制作事業にかかる支出を見てみよう。これは岡崎市民会館で実際に筆者がかかわった事業の支出を、モデルとして再構築(加工)したものである。生の音楽を用いて、コンテンポラリーダンスをする企画で、出演者はプロの音楽家数名とプロフェッショナルダンサーに、公募によるアマチュアダンサーの参加で構成されている。アマチュアダンサーの出演料は計上していない。舞台は映像を中心として、大道具、衣装は簡便なものとなっている。技術制作費は舞台監督・助手、照明音響映像と技術料、制作委託、衣装・道具を合わせると33.7%である。大きく分類すると出演料・演出料で1/3、技術制作料で1/3、その他の経費で1/3である。指定管理者制度を使っているので、自主事業といえども、施設使用料が大きな負担になっている。総経費は全体で概算500万と理解してほしい。岡崎市民会館の客席数は1100席であるが、映像などを見えない席があるため、実質的に利用できる席は1000席である。また、この種の企画に対するチケット価格は一般席で2000円程度、学生席で1000円程度であろう。学生に多く見てもらいたいと考えると、1000円席を300席、2000円席を700席販売できたとしても、収入は170万円である。すなわち、330万円程度の持ち出しになってしまう。様々な公的助成、広告収入の獲得を頑張ったとしても、200万程度の赤字は残るだろう。赤字を解消するとすると、チケットを倍以上の金額で販売しないといけない。しかし、それは地域の実情からは購入してもらうことができるチケット数が大幅に減ることが予想されて困難である。行政から提供される事業費に依存せざるを得ない。1回の公演を作るだけの支出で、このような補填が必要になるとすると、年間、この程度のものを数本実施するだけで多くの事業費の負担が生まれてしまう。もっとも、すべての事業に500万円の支出が必要というわけではなく、数十万円できる企画から、数千万円かかる企画まである。しかし、海外の公立劇場やアリージョナルシアターのように、毎日のようにオリジナルな作品を上演するような状態にするためには、事業費の在り方に対する大きな変革が必要になる。しかし、こうした構造はなかなか理解されない。

市民参加型の事業は、オリジナルな作品ができる、市民から支持されやすいなど、多くのメリットがあり、多くの施設で実施されるようになった。しかし、このコーディネートは膨大な労力を要する。公立文化施設のスタッフの負担は大きく増加する。貸館運用の体制だけで、参加型の予算をつけたからやりなさいでは済まされない側面もある。しかし、指定管理者制度の導入後、むしろ、民間活力の活用という名目のもと、文化施設のスタッフの労働環境は著しく低下し、また、専門能力を持った職員の継続雇用にも支障がでている。多くの公立文化施設の事業担当者は、指定管理者制度の導入有無にかかわらず、このような自主事業の赤字体質をいかに少なくするかに腐心し、神経をすり減らしてしまう。筆者の周りには、そんな関係者に事欠かない。

市民参加型事業は、確かに地域や公立文化施設の活動を活性化させるには有効である。公演が終わったときの参加者の達成感は高い。投資以上の価値を紡ぎだしている。しかし、市民参加型事業ですべての課題が解決されるわけではない。

劇場・音楽堂等活性化法の制定趣旨の中にある課題としての実演芸術団体の大都市圏集中に対する対策としては、実演芸術団体や個人の地域分散化が必要になり、公立文化施設は、その課題にも取り組む必要がある。実演芸術家や実演芸術団体が地域に根付くには、かれらがそこで仕事を得られるかということに尽きる。反対に文化施設の側からみれば、地域の実演団体や実演芸術家にきちんと継続的に仕事が与えられる環境を作ることができるかということでもある。20万人、30万人ぐらいの小さな都市にも年間を通して公演を行う公立劇場のあるドイツは、この意味で徹底した舞台芸術の地域分散化政策を行っているといえる。翻って、日本の公立文化施設は、積極的に舞台芸術の地域分散化政策の観点で事業を行ってきただろうか。むしろ地域においては、舞台芸術活動を行う団体は身銭を切って貸館利用で自らの成果を発表し、あくまでも私的活動としての位置づけにとどまるなど、将来の地域の経済活性化の観点から、舞台芸術産業を地域で育てるという意識はほとんど生まれてこなかったのではないか。

1991年には森啓が「文化ホールがまちをつくる2」という本を出版し、これからの公立文化施設は地域のまちづくりに大きな寄与をする可能性を示唆した。そのあと、文化経済学を中心に創造(的)都市論が展開された。創造(的)都市論は、チャールズ・ランドリーが1995年に著した「creative city3」をベースに展開された考え方である。それは、文化芸術のみならず様々な創造産業によって新しい経済発展の動きを創ろうとするもので、文化の多様性や様々な社会セクターの積極的な参加を期待する考え方である。この考え方は、ユネスコによる創造都市ネットワークの形成につながり、多くの都市がこれからの都市戦略として注目をしている。こうした状況を鑑みると、公共性のある地域サービスをどのように再構築してゆくべきか、それが地域経済の活性化の新しい基盤を提供できるように、どのように構築するべきか、舞台芸術団体や芸術家、公立文化施設や行政のみならず、経済界や市民一人一人が、積極的に意識して日本独自の方法を模索して行かねばならないのではないか。

  1. 自主事業の多くが買取公演であるため、公立文化施設が自ら制作者となり、演出家、振付家、作曲者などと連携し、オリジナルな演劇やコンサートを作ることを、ここでは自主制作事業と呼ぶ。
  2. 森啓、文化ホールがまちをつくる、学陽書房、1991年
  3. チャールズ・ランドリー著、後藤和子監訳、創造的都市、日本評論社、2003年
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