芸術監督の部屋 第2部:プログラム提供型機関としての諸課題

2-1 公立文化施設の様々な制度疲労

第1部では、公会堂建築の誕生から今日の公立文化施設の変遷を主に施設の姿から考察した。そして、その発展の経緯を踏まえて、これからの公立文化施設は、文化芸術のもつ本質的価値と社会・経済的価値1を育み、発展させるために、現代社会の基盤を支える民主主義精神に基づき、公共圏の涵養と社会包摂機能の充実を共通の目標として掲げ、貸館運営からインスティテュートとしてのプログラム提供型機関への転換が必要であることを述べた。第2部では、主に事業の側面から、これまでの公立文化施設の自主事業を振り返り、プログラム提供型機関へ転換するための諸課題について考察をしたい。

公立文化施設は地域の多様な集会・会合の受け皿である公会堂建築から発展した経緯を持つため、運営方法として貸館システムを何の疑問もなく受け入れてきた。それは空間を利用者の希望に応じて時間貸しで提供するシステムであり、比較対象とされるヨーロッパの公立劇場やアメリカ合衆国のリージョナルシアターとは大きく様相が異なる。海外の公立劇場やリージョナルシアターは運営母体が公立か民営(非営利活動法人等)かという違いはあるが、どちらも、独自に計画される公演プログラムに沿って作品が作られ、観客にはチケットが販売される。アウトリーチプログラムなどの教育・普及事業もスタッフの主体的な活動として行われる。類似の文化施設である美術館は、日本の場合は空間貸しのギャラリーもあるが、基本的には常設展、企画展など、主体的な事業企画が重要視され、背後では学芸員制度による、研究、教育、作品の保管や収集、修理という専門的作業が行われる。こうした施設は「プログラム提供型機関」である。

ホールを核に構成され、舞台芸術の上演を強く意識する公立文化施設2も、近年では、単なる貸館ではなく、自主事業3を充実させる方向に動いている。平成24年の劇場・音楽堂等活性化法の制定、翌年の「劇場,音楽堂等の事業の活性化のための取組に関する指針」により、「文化施設としての劇場、音楽堂等の機能が十分に発揮されていない4」という認識に立ち、より主体的な活動が期待されるようになった。いいかえれば、それは、利用される内容に踏み込まず5施設を提供する貸館から、主体的にプログラムを計画し、提供するプログラム提供型機関に転換することである。

それでは、公立文化施設は、積極的に自主事業として舞台芸術の公演を企画し、地域の人々に主体的にチケットを販売すればいいかというと、そこにも課題が存在する。まず、第一の課題は、公立文化施設の主体的な活動は鑑賞型公演を提供するだけでいいのかということである。文化芸術活動を通して、地域における公共圏を涵養し、社会包摂機能を充実することを公立文化施設の活動の大きな命題とすると、単に鑑賞型の公演を実施すればいいというわけにはゆかない。第1部で見たように、よりアクティブに人々と関わりあってゆく教育・普及事業、まちづくりへの参加など多様な活動を多角的に展開する必要性がある。このことについては、第2部の中でじっくりと考察することにしたい。

ここでは、多様な活動の可能性があることを理解したうえで、まず、鑑賞型事業についての課題を考察したい。まず、最初に考えないといけない課題は、演目の選択根拠である。なぜ、その演目を数ある公演可能性の中から選んだのか、その社会的意味はなんなのか、説明は難しい。公的資金の支出に社会が厳しいまなざしを示すようになった今日、単に公立文化施設の企画担当者の好みで演目を選んでいるのか、事業収支が赤字にならないようにお客さんが入る演目を選んでいるのか、赤字になってもいいからその地域に何らかの刺激を与えると考えて演目を選んでいるのか、そうした判断根拠の明示化と正当性が求められる。しかし、人それぞれに好みも違えば、価値観も判断基準も異なるからそれは難しい。

舞台芸術の制作主体(劇団、楽団等)の大半が大都市圏に集中し、地域の舞台芸術の創造環境に極端な格差が生じていることも課題である。この状況は劇場、音楽堂等活性化法6でも指摘されている。こうした状況下では、地域で観客が入りそうな公演を企画しようとしても、そのコンテンツは大都市圏でつくられたものに大きく依存し、その結果、全国どこに行っても同じようなアーチストによる同じような演目が上演され、地域の特質が活かされない。地域経済の観点から見ても、支出した資金が地域に還流することなく、コンテンツ産業が集積する大都市への流出超過となって地域内での文化芸術の再生産サイクルが育たない。金太郎あめを嫌い、オリジナルな作品を作ろうとしても、安定的に質の高い作品を作るには、大都市圏、特に首都圏の出演者やメインスタッフ(演出家、舞台美術家等)に依存することが多く、地域経済面での再生産という観点からは、資金の地域流出を止めることは難しい。地域でオリジナルの作品を作ることができる社会システムをどのように構築するか、特に、地域に優れたプロフェッショナルなアーチストや技術者が定着できる環境、言い換えれば、彼らが、恒常的に生活ができる環境をどのように構築することができるか、地域の文化芸術政策として本気で取り組まねばならないだろう。

鑑賞型事業の事業採算性も大きな課題である。公立文化施設が実施する多くの鑑賞型事業は、事業を遂行するために必要な経費とチケット収入とのバランスが取れていない。できるだけ多くの人々に公演へのアクセスをしてもらうためにはチケット料金をリーズナブルなものにすることが必要であるが、その価格では事業を実施する総経費を賄うことは難しい。

事業の回数も課題である。海外の公立劇場・音楽堂では、休暇期間中を除き、ほぼ毎日公演が行われている。例えば、ミュンヘンオペラなどの世界的に有名なオペラハウスでは、年間、50~60本の演目が、1作品数回以上ずつ上演され、市民が作品に接するチャンスが多くなるように計画されている。そして、それは、同時に観光サービスでもある。2、3日滞在する観光客が毎日異なる演目を鑑賞できるような工夫でもある。しかし、我が国の公立文化施設では、貸館事業との調整や観客の獲得など難しい側面が多く、令和元年に行われた「劇場、音楽堂等の活動状況に関する調査7」では、主催事業未実施の施設も含む年間の平均公演回数は25.4回であり、ほぼひと月2回のペースである。また、1演目、1公演というのが一般的である。かつてに比べて多くはなっているが、それでも海外の公立劇場、音楽堂に比べると少ない。また、見たい演目であっても、日程が合わなければ、あきらめざるを得ない。

このように鑑賞型事業ひとつをとっても、公立文化施設の事業は様々な課題を抱えているのである。ましてや、後ほど考察するように、教育・普及事業など、新しい事業展開については、もっと多くの課題を抱えているように思われる。

上記のように自主事業の実施について多くの課題がある。しかし、公立文化施設の伝統的な事業形態である貸館事業についても考えなければならない多くの課題があるのである。最大の課題は、貸館事業収入で公立文化施設の建設と維持管理経費を回収できないことである。第1部において、岡崎市民会館の開館当時の状況8を記述した。そこには開館当初から、使用料金が高いという不満と同時に、収支の厳しい状況が示されている。現在ではどうか。貸館料金はかつてに比較して若干高くなっているが、社会サービスとして認識され低料金に押さえられている。岡崎市民会館は、1100人のあおいホール(大ホール)を本番(公演)として土日祝日に1日利用するとして、全日の利用料金は約10万円(楽屋利用別途、付帯設備利用料金別途)である。舞台機材を多く使う公演であっても、花道設置など特殊なことをしない場合、楽屋利用、機材利用込みで、30万円程度9で1日の利用が可能である。すなわち、歩留まりを考えて1000人が利用したとして、1席当たり300円で利用できることになる。講演のような利用では利用時間帯などを調節すれば、10万円かからないで利用できることもある。一席当たり100円である。光熱水費、人件費などの施設維持費を考えると、この貸館料金は、公共サービスとしての非常に割安な設定である。当然、施設管理維持費や建設費を回収することは考えていない。このような極めて格安な料金設定は岡崎市民会館に限ったものではなく、我が国の公立文化施設の特徴でもある。

貸館の稼働率も課題である。大都市圏では公立文化施設の利用は多いが、小さな自治体になると、ほとんど活用されていない施設も存在する。「劇場、音楽堂等の活動状況調査10」によると、各施設が保有するホールすべての稼働率の平均は58.9%であり、町村の保有する施設の稼働率が一番低く、48.5%となっている。

貸館制度は施設利用の硬直性を生むこともある。いったん施設を利用者に貸してしまうと、管理者はその空間利用を最適な環境に保ち、保護する義務を生じる。隣の活動の音が利用空間に漏れてくる、利用と関係ない人が室に入るなどの支障は管理者が責任をもって防止しなければならない。これは利用者に気持ちよく空間を使っていただくためには当たり前のことであるが、このことは利用者相互のコミュニケーションを希薄化させ、本来期待したい市民相互の文化的交流を阻害させるとともに、ロビー、ホワイエなどの共通空間の多様な利用、利用の相互乗り入れなどを難しくさせる。平成30年3月に閣議決定された文化芸術推進基本計画(第1期)において、戦略6として「地域の連携・協働を推進するプラットフォームの形成11」が掲げられ、地域の文化芸術団体、文化施設、芸術家、学校等の連携の必要性が謳われている。また、近年では公立文化施設の機能として利用者相互の交流機能を重視するところが増えている。しかし、実は、貸館による厳密な縦割り管理は交流機能を阻害する方向に働きやすい。

近隣の自治体に類似のホールが近接しているケースも多い。また、近年地方自治体の合併が進むなかで、一つの自治体に複数の類似施設が存在しているケースも増えてきている。こうしたケースでは、将来の人口減少に向けて、公共施設をどのように合理化、適正配置をしてゆくべきか立地適正化計画12として重要な議論の対象になっている。

このように、貸館をはじめ、公立文化施設の管理運営には、様々な課題があるのである。これらの課題をどのように整理し、新しい公立文化施設の在り方を考えてゆくべきか、そのためには何が必要か。まずは、公立文化施設をとりまく様々な状況を多面的な角度から考察してゆきたい。

  1. 文化庁、文化芸術推進基本計画、第1章1、p.21、2018年3月
  2. 「公立文化施設」は極めて広い範囲の公共施設の呼び名であるが、古くから文化ホールを含む公の施設を公立文化施設と呼びならわしてきた。その用語の利用例としての典型が、全国の公共ホールが会員となる公益社団法人全国公立文化施設協会(旧全国公立文化施設協議会)である。ただし、最近では、一般社団法人地域創造が行った「公立文化施設の管理運営状況に関する調査研究(2018年3月)」に定義するように公立文化施設を「「ホール」、「美術館」、「練習場・創作工房」及びそれらを含む複合施設」と定義する場合もある。
  3. 自主事業:公立文化施設に導入された自主事業は、本来、貸館事業に対比して、施設が自らのリスクで主体的に公演等を行う事業という意味に使われてきたが、指定管理者制度導入後、指定管理の協定書で行政から規定される事業に対して指定管理者が自らのリスクで行う事業を自主事業とよぶ慣例が発生し、このことにより、定義の異なる2種類の自主事業が生じ、混乱を生んでいる。本論文では単に自主事業と呼んだ場合には前者を意味し、後者については「指定管理者の自主事業」と断ることとする。
  4. 劇場、音楽堂等の活性化に関する法律、1.趣旨 主な課題、https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/geijutsu_bunka/ gekijo_ongakudo/pdf/h24_gekijo_ongakudo_gaiyo_0627.pdf、accessed 2020.7.7
  5. 地方自治法244条、「普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない」「普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。」
  6. 劇場、音楽堂等の活性化に関する法律、前文、2012年
  7. 公益社団法人全国公立文化施設協会、劇場、音楽堂等の活動状況調査、2020年3月 公立文化施設2194館に対して調査票送付、1374館から回答。別途民間施設の調査も行っている。
  8. 清水裕之、文化ホール物語、第一部4節
  9. 舞台設備の利用状況によっては、1日に40万円程度かかることもある。
  10. 公益社団法人全国公立文化施設協会、劇場、音楽堂等の活動状況調査、同上、p.63
  11. 文化芸術推進基本計画、― 文化芸術の「多様な価値」を活かして,未来をつくる ―(第1期)、平成30年3月6日閣議決定
  12. 立地適正化計画、都市再生特別措置法、2014年
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